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13:戸惑い

 いくら掃いても終わらない、落ち葉の掃除にうんざりしながら、ソフィーリアは天を仰ぐ。トルトでの生活も半年が過ぎた。心なしか、貧弱だった体に肉が付き、丈夫になったような気がする。毎日の重労働ですっかり鍛えられたのだろう。残念ながら、胸だけは貧弱なままなのだが。


「ヒー!いつまでチンタラ掃除やってんだ!お前の動きはナメクジ以下か!」

「はっはい!すみません!」


 いつものようにギルド長に怒鳴られ、ソフィーリアは慌てて冒険者ギルドのカウンターに入る。冒険者が大量に鉱石を持ち込んできたので、その仕分けを手伝えということだった。

 ギルド長の娘を助けたという一件の後も、彼のソフィーリアに対する態度は変わらない。いや、厳しくなっているような気さえする。

 ソフィーリアは、業務のほぼ全てができるようになった。その分、仕事が増え、罵声も増える。それでも彼女はくじけない。生活していくためには、この仕事をするしかないのだから。


「支局に行く。留守番してろ」

「はい」


 鉱石を換金したところ、金庫の現金が少なくなってしまったのだ。お金の管理はギルド長しかできないので、ソフィーリアは素直に指示に従う。ネフやミースも別件で外出しており、冒険者ギルドにいる職員はソフィーリア一人になった。うるさいオッサンが消えた、と羽を伸ばす暇もなく、次の冒険者がやってくる。


「すみません。換金お願いします」


 そう言って現れたのは、この世界では珍しい女性の剣士だった。女性の冒険者は、ほとんどが魔法使いであり、力勝負の職業に就くことは稀である。とても目立つので、彼女が先週からトルトに滞在しているのを、ソフィーリアは覚えていた。


「かしこまりました。今回は何の換金ですか?」

「魔石です!」


 女剣士は、自信に満ちた表情で、こぶし大の球が入った麻袋をカウンターの上に置く。

 魔石とは、モンスターの体内で生成された魔力が凝縮されたもので、これを得るのは非常に困難である。通常、モンスターが死ぬとともに、魔力はその体内から放出され、拡散してしまうからだ。何らかの要因で魔力が体内に残されたとき、魔石として入手できるのだが、その原理は明らかにされていない。


(げっ、ギルド長が現金取りに行ってるとこなのに……)


 魔石は、その希少性と有用性から、極めて高値で取引される。魔力の塊である魔石は、優れた魔法使いが手を加えることで、魔道具の材料にすることができるのだ。袋越しに見ただけであるが、この大きさで純度が高いものだと、今ある現金では足りないだろう。


「少々、お時間がかかるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」

「ええ、結構ですよ」


 女剣士は穏やかに微笑む。その顔や鎧には、数多の傷がついており、大変な苦労をして手に入れたのだということは想像に難くない。しかも、彼女はパーティーを組んでいないはずだ。女性一人で、どんな戦いをしていたのだろう、と思いソフィーリアは感心する。


「では、純度を測定しますね」


 ソフィーリアはカウンターの下から、石板の形をした魔道具を取り出す。魔石には、ほぼ間違いなく、魔力以外の不純物が含まれている。魔石は無色透明であり、この石板の上に載せることにより、反応した魔力が赤く光る。つまり、魔石が赤くなればなるほど、魔力の純度が高いということなのだ。

 石板を設置した後、女剣士の持ち込んだ袋を開け、魔石を取り出す。


(ん、これは……)


 ソフィーリアは、こっそり自分の魔力を魔石に当て、その反応を探る。実は、魔道具がなくても、ある程度の能力がある魔法使いなら、魔石の純度がわかるのだ。微弱な反応しか返ってこないことを指先で感じ、これなら今ある現金で足りる、とソフィーリアは判断する。


「純度は、かなり低いですね」


 実際、石板の上に載せてみると、薄ピンク程度にしか魔石は染まらない。換金しても、大した額にはならないだろう。


「う、嘘よ!あんなに苦労して手に入れたんだから……そんなはずはないわ!」


 女剣士は上ずった声を上げる。彼女の苦労と、魔石の純度には何の関係もない。はっきり言って、運なのである。弱いモンスターから、高純度の魔石が出てきて、得をしたなんていう話も聞くくらいだ。


「残念ですが、この純度だと、同じ大きさの銅くらいの価値しかありませんね……」

「何ですって!?」


 魔道具が壊れているという可能性は低い。ソフィーリア自身の手でも確かめたからだ。そんなことはない、この魔石は高値で換金できるでしょう、と詰め寄る女剣士を必死でなだめる。換金額が少ない、と言われることはよくあるので、ソフィーリアもひるむことはない。早く納得してくれ、と心の中で叫ぶ。


「だいたい……あんたたちはいつもそうよね。そうやって弱い冒険者いじめて何が楽しいの?こっちは命がかかってるのよ?なのに、いつも安全な場所にいて、大きな顔して偉そうに物を言うんだから!」

「ひっ……」


 初めての展開に、ソフィーリアは気迫負けしてしまう。今まで、ケチやらバカやらは言われたことがあるが、こういうことはなかったのだ。女剣士はこの機を逃すことなく、言葉を続ける。


「ギルド職員ってみんなムカつくわ!あんた、アレでしょ?国家公務員なんでしょ?命の危険もない、解雇されることもない、そのくせ国民の血税で給金貰ってるのよね?まったく、いいご身分だわ!」


 ソフィーリアは、反撃しようとした口をきゅっと閉じる。


「あんたみたいな小娘が一番ムカつく!どうせ、何の苦労もしてないんでしょう?安定が欲しいからって公務員になったんでしょう?恵まれない女が一人で生活していくのってね……苦しいんだから!辛いんだから!」

「おい、そこの姉ちゃん。そのくらいにしとけ」


 女剣士の肩を、別の冒険者が掴む。お調子者の剣士・エリックだ。その顔には、いつもの飄々とした雰囲気が失せ、痺れんばかりの覇気がみなぎっている。女剣士は、エリックをキッと睨み、魔石をひったくって出て行った。ソフィーリアは、カウンターで突っ立ったままだ。


「ありがとう、ございます……」


 やっとのことで礼を言えたソフィーリアの頭を、エリックはぽんぽんと撫でる。


「いいってことよ。ヒーちゃん、あんまり気にしちゃダメだぞ」


 そう言って笑うエリックの顔には、いつもの調子が戻っていた。

 それからしばらく経って、ギルド長が金庫に現金を詰めに帰ってきた。


「オイ、大丈夫だったか?」

「は、はい!何がですか!」


 一瞬、先ほどの女剣士のことかと思ったソフィーリアは、身体をびくつかせる。


「現金だよ!足りたかって言ってるんだ、そのくらいわかるだろこのポンコツ頭が!」

「ひっ、え、と、だっ、大丈夫、でした!」

「じゃあ、今度はとっとと支局へ行って来い。タルドの野郎が呼んでたぞ」

「あ、そ、そうですか」


 ソフィーリアが、しどろもどろの返事しかしないことに、ギルド長は特に気を留めなかった。


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