11:打ち水
季節は夏。ソフィーリアが働き始めてから、もう三ヶ月だ。今日も今日とて、ギルド長にこってり絞られたソフィーリアは、受付のカウンターで頬杖をつく。天気のいい昼下がり。彼女の他には誰もいない。まぶたが重くなり、落ちてしまいそうになったときだった。
「ご、ごめんください!」
高く大きな声が、ソフィーリアの耳に届く。慌てて顔を上げるが、入り口には誰もいない。空耳だったのか、と首をかしげると、もう一度声がする。
「ぼ、ぼ、冒険者登録したいんです!」
声の主は、ソフィーリアの視線のはるか下にいた。ネフよりもさらに小さな、どう見ても8歳かそこらの、幼い男の子だったのである。
(いやいやいや。君、小さすぎるでしょ!)
冒険者登録ができるのは、12歳からである。もちろん、これに例外はない。ソフィーリアは、困った顔で男の子に話しかける。
「えっと、君、何歳?」
「王国歴809年生まれの、12歳です!」
(嘘だ……)
男の子は、こぶしを握り締め、深く息を吐いている。腰には、短剣らしきものがささっているが、あれでモンスターを倒せるとは到底思えない。年齢は、あくまで本人の自己申告である。12歳だと言い張られたら、その通りにするしかない。
しかし、こういう時の対処法は、ネフからすでに聞いている。
「名前は?」
「ロビン!」
「職業は?」
「剣士!」
「守護獣は?」
「オオカ……タカ!」
(言いかけた!絶対いまオオカミって言いかけた!)
ソフィーリアは、カウンターの内側にある「年齢早見表」を見る。12歳の者の守護獣は、タカ。しかし、守護獣がオオカミなら、10歳や22歳であるはずだ。
この世界では、王国歴の他に、12種類の獣の名で年を表している。現在は王国歴821年だが、この一年はタカの年とされ、今年生まれた者はタカの守護を受けるとされる。人々は、自分の守護獣を敬っており、何かにつけて守護獣のモチーフを使う。願掛けをするときは、自分の守護獣が彫られたメダルを使うし、誕生祝いに、守護獣の刺繍が入ったハンカチを贈られることもある。
自分の生まれ年を言えない者はいても、守護獣を言えない者はいないのだ。
年齢を偽って登録しようとする子供は、たいてい12歳の者の生まれ年を計算してきており、ロビンもしっかりとそれを言えた。しかし、守護獣にまで頭が回っていないこともある。まんまと正直な守護獣を言えば、年齢詐称を咎めることができるのだが、彼はギリギリのところで「今年はタカの年」だということを思い出したらしい。12年で守護獣が一巡するのだから、12歳だということにしたければ、今年の獣を言えばいいのだ。
なので、次の方法。
「なるほど、今年で12歳だから、守護獣はタカに決まってますよね。そうそう、冒険者カードには生まれ年が書かれますから、どこへ行ってもあなたの守護獣はタカだと証明されます。例えば、その剣の柄に刻印をするとき。職人さんは、冒険者カードを確認して、間違いなくタカの絵を彫ってくれます」
そう言ってロビンの様子を伺うと、冷や汗をたらし明らかに動揺している。他の守護獣を身に着けることはタブーとされており、災いが起こると強く信じられているのだ。守護獣が嫉妬するとか、そっぽを向かれるとか、そういう表現もされる。
「えっと、あの、僕……」
そろそろ自分から謝ってくれるかな、とソフィーリアが思った時だった。
「おい、そこのガキ。今日は大人しく帰りやがれ。ちゃんと12歳になってから来るんだな!」
ネフが現れ、ロビンを一喝する。
「ご、ごめんなさい!でも僕、どうしても登録したくて、だから、その……」
「お前の事情なんて知ったこっちゃねえよ!決まりは決まりだ!とっとと行け!」
「は、はいっ……!」
ロビンは泣きじゃくりながら駆けて行ってしまった。
「ちょっとネフ、怒鳴らなくてもいいじゃないですか!可哀そうに!」
「うるせえ!お前も、12歳未満だってわかったら、回りくどい言い方しないですぐに追い出せよ!」
「でも、あの方法はネフが教えてくれたんですよ?」
二人の頭上から、大きな声が降ってくる。
「がははははは!ヒー、役に立っただろう!あれはネフが11歳のときに、この俺様が直々にしてやった方法だからな!」
「ギルド長……!」
驚いたソフィーリアがネフの顔を見ると、耳まで真っ赤に染まっている。
「ネフも、年齢詐称したことあるんですね……」
「う、う、うるせえよ!ギルド長もそんなことバラさないで下さいよ!」
「剣の柄にカメを彫ってやろうとしたら、こいつ暴れだしてなあ」
「確かにオレが悪いんですけど、あの時のギルド長は強引すぎました!」
ギルド長は、笑いながらネフの髪をぐしゃぐしゃと掴む。なんでも、ネフがこの冒険者ギルドで働くようになったきっかけは、このときギルド長に勧誘されたからだという。冒険者になれるのは12歳からだが、働くのは何歳からでもいいぞ!ということで。
「ギルド長にはまんまと騙されましたよ。ここにいたら一流の冒険者になれる確率が上がるぞ、なんて言ってましたけど。結局、仕事ばっかりでクエストは受けられないし……」
「ああん?俺、そんなこと言ったか?」
「言いましたよっ!」
こうして騒いでいるのを見ると、二人は親子みたいだなあとソフィーリアは微笑ましく思う。
「そういえば、ギルド長の守護獣って何ですか?」
ギルド長の年齢は、以前から気になっていた。禿げ頭に無精ひげという容貌から、40歳近くに見えるが、実はもっと若いのかもしれない。しかし、直接聞くのもなんだかためらわれたので、この機会を使わせてもらうことにした。
「ああん?タカだよ」
「……ってことは、36歳ですか」
なるほど、ネフとは親子に見えるわけだ、と納得しかけたときだった。
「こいつ!誰が36歳だと!?」
「ひいいいいい!ごめんなさい!48歳でしたか!?」
「なんだとコラ!俺はまだ24歳だ!」
「……えええええ!?」
ソフィーリアだけでなく、ネフもあんぐりと口を開けている。いやいや、その迫力で二十代半ばは、あり得ない。ギルド長の禿げ頭は、沸騰したヤカンのように赤くなっている。えらい失言をしてしまった、とソフィーリアはネフにしがみつく。
「あはははは!ギルド長、この子らが驚くのも無理ないって」
戸口で会話を聞いていたのだろう。買い物に出かけていたミースが、涼しい顔をして戻ってくる。
「アタシは、ギルド長がひよっこの時から知ってるからねえ。あのバルブロの坊やが、冒険者になってから、一気に老けちまった過程を見ているんだけど。大体の人が、まだ20代とは思わないさ」
「ぐっ……まあ、ミースの言う通りだけどよお……」
握ったこぶしを力なくおろすギルド長。ソフィーリアとネフは、未だにガタガタと震えている。
「あっ、ヒーちゃん。そろそろ打ち水しといておくれ。ネフは支局へ行って、手紙の仕分け。ずいぶん溜まっちまったようでさ、タルドが困ってたんだよ」
ミースに仕事を割り振られ、そそくさと動き出す二人。助かった。彼女のこういう気遣いは、本当に上手いなあとソフィーリアは感嘆する。
外に出て顔を上げると、西の山に夕日が落ちかけている。ソフィーリアは、両手を身体の前に突き出し、手のひらを下に向ける。
「ウォーター・ドロップ!」
ソフィーリアの手のひらから、小さな雨が生れ落ちる。トルトの人たちのほとんどが忘れかけているが、彼女は水の魔法使いなのだ。それも一流の。
(でも、打ち水くらいしか使い道がありません……)
それでも、一応役に立っていることを誇りに思いつつ、ソフィーリアは仕事を続けるのであった。




