10:配属先の真実
再発行の一件の後、ソフィーリアは納屋で薬草のスケッチをしていた。やはり、紙に描いて覚えないとどうしようもない。しばらくすると、ネフが入ってくる。
「お前、こんなところにいたのか」
「薬草、わかんないんだもん……」
「ヒーって頭悪いよな。おれ、こんなの三日で覚えたぜ!」
「ネフが言ってたやつ、間違ってましたよ。ギルド長に怒られました」
「あ、マジで?」
ネフは悪いと思ったのか、ソフィーリアと一緒に薬草の確認をはじめる。
「そういえばさっきね、こんなことがあったんです」
視線は薬草に落としたままで、ソフィーリアはミースが助けてくれたことを話す。彼女が手数料の根拠法令を言い、論理的にたしなめてくれたと。
「ミースさんに、なぜそんなに法律を知ってるのか聞いたんですけど、歳をとった女には色々あるとかで教えてくれなかったんです。ネフは何か知ってます?」
薬草の葉をちぎりながら、ネフは答える。
「いや、おれもミースさんのことはよく知らない。前にも似たようなことがあったんだけど、女の過去は謎めいているものよ、なんて言われちまった。家族の話も聞いたことがないし、一体何なんだろうな、あの人」
「うん……」
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二人が、ミースの過去について考えを巡らせている時、当の本人は支局にいた。
「こんにちは、タルド」
「あれ~、ミースじゃない!珍しいね、ここに来るなんて」
支局長は、靴下の穴をつくろっている。彼はお偉いさんだが、身の回りのことは全て自分でしている。というより、この支局にいるのは、本当に彼一人だけなのである。
「冒険者ギルド法の閲覧をしにきた狩人、いなかったかい?」
「閲覧?そんなことする人、僕が着任して以来一人もいないよ~」
「ならよかった。ちょっと、見せてもらうわよ」
「あ、うん。何か飲む?今朝ね、いちごジャムを買ってきたんだ」
ミースの返事も聞かず、支局長は彼女専用のカップを探す。昔はよく、ここに来ていたので、彼女の私物がいくつか残っているのだ。ミースは分厚い本を手に取り、パラパラとページをめくる。
「あらあら、やっぱり第12条だったわねえ」
「何が~?」
あっという間にお茶の準備を整えた支局長は、呑気な笑顔を浮かべている。紅茶とビスケット、いちごジャム。それを見て、ミースはくすりと笑う。
「今日ね、適当なこと言っちゃったのよ。まあ、あの手の冒険者は、それらしい単語を並べときゃそれで済むんだけどさ。ヒーちゃんに質問されたら、困るからねえ」
「そうだ、ヒーちゃんは元気?」
「ああ、とっても元気さ」
ミースは、ビスケットにジャムをたっぷりとつけ、赤く塗られた唇に運ぶ。
「ヒーちゃん、バルブロとは上手くいってるの?」
「大丈夫よ。案外、張り切ってるみたいでさ」
「良かった。ヒーちゃん、ここに飛ばされて落胆してたでしょ?僕の顔見て、ほんとに嫌そうな顔してたもん……」
支局長が、今にも泣きそうな顔をしているので、ミースは吹きだす。
「ヒーちゃん、本当はどの局に行く予定だったんだい?」
「通信局総務課~」
ミースは危うく紅茶のカップを落としそうになる。
「……冗談はよしてくれよ、タルド」
「本当だってば~」
「ははあ、それであの子が、無理を通したわけだ」
通信局総務課。外部の人間にはあまり知られていないが、そこは最大の左遷部署だ。昇進競争に敗れたり、貴族に嫌われてしまったりした者たちがそこへ行くのだ。言葉だけ見れば、何やら重大そうな部署に思える。だが実際は、封筒にノリを貼るだけの、簡単なお仕事しか与えられない所なのだ。
新規採用者の配属先は、どうやって決まるのか。ここ、ルミナス王国では、「教育機関在籍時の成績、筆記試験および面接時の成績」で決まるとされている。成績がよければ、本人の希望はだいたい通る。男性職員の場合。
「いくらヒーちゃんがアレな容姿だからって、そんなところに飛ばそうとするとはねえ」
「まあ、しょうがないよ、ミース。昔から、美人な子ほどいい部署に行くって決まってるんだから。実際、ミースだってそうだったでしょ?」
そうなのだ。女性職員の配属は、容姿の良し悪しで決まる。筆記試験に通ったことで、最低限の能力は証明されたのだから、そんな基準で選んでもどうということはない。むしろ、美人が花形部署にいたほうが、男性職員の士気も上がり、職務にいい影響を及ぼす……というのが、上の言い分である。
「このビスケットとジャム、少しわけてくれるかい?ギルドで待ってる子供たちへのお土産にね」
タルドは白い歯をみせ、にかりと笑った。
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その夜、ソフィーリアはメリッサに手紙を書いていた。相変わらず仕事はキツイということ。でも、周りはいい人ばかりだということ。
「……ただし、ギルド長以外、っと」
トルトに飛ばされたソフィーリアを、ほとんどの同期は敬遠していた。入って早々、地方勤務になった者に明るい前途はない。魔法学園でも辛苦を共にしてきたメリッサだけが、彼女を理解し、愚痴を聞いてくれるのである。
白い月が、しんと静まり返ったトルトの地に輝く。ソフィーリアは、学園生活に思いを馳せる。そんなに昔のことではないはずなのに、ひどく懐かしいものに思える。あの頃、彼女は一目置かれる存在だった。容姿は良くないが、成績は優秀。通常、三年生で習得する攻撃魔法を一年生で覚え、結界を貼る技術では右に出るものがない。
「いやあ、ソフィちゃんってすごいよな、顔はアレだけど」
「そうそう、ありゃ出世するだろうな、貧乳だけど」
男子生徒はそう言って彼女のことを褒めた。決してモテたわけではないが、それでも嬉しかった。けれど今では、怒鳴られることしかない。
(あたしの予定では、今頃王都でお偉いさんの下働きをしていたのに。たくさん働いて認められて、出世して秘書官になりたかったのに……)
明日もギルド長に怒られるのだろう。その回数を減らそう、と手早く手紙の言葉を結び、薬草のノートを取り出す。今晩は、これを覚えてから眠ろう。ソフィーリアは、真剣な面持ちでページを繰っていった。




