01:ボロ馬車の中で
ここは、剣と魔法の国・ルミナス王国。その中流家庭に生まれたソフィーリアは、水属性の魔法使いである。優秀な成績で魔法学園を出た後は、天下の国家公務員として、安心・安定な生活を送る……予定だった。
「あのう、まだ着かないんですか?」
ガタゴトと縦横無尽に揺れる馬車の中で、ソフィーリアは青い顔をしている。王都から二日で着くと聞いていたのに、彼女はかれこれ四日ほどこの揺れに耐えていた。乗客は彼女一人。御者のおじいちゃんは、彼女の言葉が聞こえていないふりをしている。
ソフィーリアは、大きなため息をつき、上質な羊皮紙でできた「辞令」を読み直す。
「ソフィーリア・エステリオスを、ルミナス王国トルト町支局、トルト冒険者ギルド上級事務官に任命する。着任日は、王国歴821年4月1日とする」
――噛み砕いて言うと、就職して早々、地方に飛ばされたのである。
(同期はみんな王都勤務なのに、なんであたしだけ……)
魔法学園卒のソフィーリアは、いわゆるエリートである。同期たちが配属されたのは、法律の整備をする部署や、開発計画を実行する部署など、国政の中枢に関わる仕事だ。親友のメリッサも、希望通り財務局へ行った。彼女も当然、王都で働くと思っていた。
ところがどっこい、配属されたのは「トルト町支局」。王都出身のソフィーリアにとって、聞いたことがあるようなないような、影の薄い町だったのである。同期たちは彼女を心底哀れんだ。メリッサによると、何の娯楽もない田舎町だという。
(しかも冒険者ギルドだなんて……)
ソフィーリアのようなエリートは、冒険者のことをろくでもないゴロツキだと思っている。兵士は国のために力を振るうが、冒険者は金のためにそうする。規律はないし、礼儀もない。そんな連中の相手をするなんて、夢にも思っていなかった。
「お嬢ちゃん、そろそろ着くぞ」
「は、はい!」
ソフィーリアは窓を開け、馬車が進む先に目をこらす。
(うわっ、ちっさい!)
王都から、普通の馬車で行けば二日、よぼよぼの馬がひく廃棄寸前の馬車で行けば四日。山と森に囲まれた、小さな小さな町トルトが、これからソフィーリアの職場になるのであった。