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奥さんはまず、青春ラブストーリーを書いたのです

 ノートを開いてまず、字の美しさに感心する。

 そして、読み進めてみて、ちゃんと小説になっていることに感心した。ちゃんと大学まで出て、基礎ができている人は初めての挑戦でもそれなりに書けるものらしい。

 しかし、内容はというと、どうコメントしたらいいのか。

 ペン字講座の見本のような整った文字を目で追う。しかし、結局十ページ目でギブアップした。苦い表情になっているんじゃないか、でも、眉間に入った力を緩めることができないまま顔をあげる。

「どう、だった?」

 優里花さんは不安げな顔だ。

 どう答えるべきか。

 そりゃあ、正直に言うしかない。嘘は苦手だし。

「こういう内容のはちょっと、私は苦手かなあ」

 とりあえず、一つ目の事実を口に出す。


 女子高校生のリカは恋をする。お相手は一つ年上の先輩、バスケ部のキャプテンの二沢君だ。新入生の為の部活動紹介で登壇した二沢君に、リカは一目ぼれする。そして、マネージャーとしてバスケ部に入部するのだ。彼を狙う先輩マネージャーからは陰湿ないじめを受けたり、親友のはずのアオイが彼を好きだと言い出したり、リカをかばって二沢君がけがをしてしまったり……。


 とにかく、甘酸っぱい。まるで昔の少女漫画の王道のようなストーリーが多分、この後も続くのだろう。

「リカはどうなるの? 最後まで書いてあるのかな」

「うん。書いてあるよ。二沢君はリカの頑張る姿が好きだから、他の女の子の告白は断ってお前が好きだっていうの! 試合でシュートを決めて優勝を勝ち取った後によ」

「古いー!」

 私の言葉に、優里花さんはちょっと困った表情で頬を膨らませた。可愛らしいけど、この反応も正直ちょっと古いかもしれない。いや、こんなアクションをして人気のタレントがいるんだっけ? じゃあ、新しいのか。

「古いって?」

「昔の少女漫画のありがちな展開、って感じ。今どきの子はもっと進んでるから、こういうのはせいぜい、小学校低学年くらいの子までしか喜ばないかもね」

 小学校四年生になっている梨々花ちゃんにはそろそろ、物足りないかもしれない。最近の小学生はすごい。高峰家のリビングに転がっているローティーン向けのファッション誌を見ると、本当に恐ろしい。化粧は当たり前、髪を巻くのも当たり前、彼氏がいるのも当たり前。この調子でハイティーンになったらどうなるのかと不安になってしまう。

「昔の少女漫画は最終回でようやく告白して、ほっぺあたりにキスして終わってたけど、今は違うもんね」

「どう違うの?」

「美容室においてあるの読むくらいだけど、告白して付き合い始めるのがスタートだったりするもん。二人きりになっちゃってドキドキとか、きわどいシチュエーションが平気で出てくるわよ」

「えーっ!」

 顔を真っ赤にしておろおろし出す優里花さんは可愛い。出産まで経験しておいていまさらって見方もできるけれど、それはそれとしてこんな風にショックを受ける純情さもいいじゃないかと思う。

「そうなんだ。じゃあこんな話、鼻で笑っちゃう感じかしら」

「こういうのに憧れる子もいるとは思うよ。だけど、刺激的な話はもっといっぱいあるわけだから、ちょっと退屈に思うかもね」

 真剣にこんな意見を出してから、私はふっと笑った。

「いや、でもいいんだよね。優里花さんは梨々花ちゃんに付き合って書いてるだけなんだから。別にこれ応募してデビューしてやろうとか、そんな野望があるわけじゃないんでしょ?」

 文章は申し分ない出来だった。すらすらっと読めたし、丁寧に書いたんだろう。エレガントな表紙によく似合う、エレガントな文字で描かれたエレガントな物語。子供に読ませるのに、やれキスだのエッチだのなんて、親が率先して書いて見せるものでもないわけだし。

「まあ、そうなんだけど」

 優里花さんは少し浮かない顔だ。

「どうかしたの?」

「ちょっと悔しいだけ」

 正直な返答に、私は思わず笑った。

「いいと思うよ、私は。優里花さんらしくて、すごく清らかな内容で、梨々花ちゃんにも安心して見せられるじゃない。古臭いなんて言ってごめん。文章も字もすごく綺麗だし、梨々花ちゃんのいいお手本になるのは間違いないよ。こんな風に書けるのってすごいと思う。私には絶対無理だもん」

 

 私が書いたらとんでもない出来になってしまうだろう。まず字が汚いし、意味が通る文章を書けるかどうか。最近は携帯ばっかり、字を書く機会なんて学校関係の連絡だとか署名が必要な用紙にだけで、名前と住所くらいしか書かないし。多分、漢字も相当忘れてる。辞書なんか引かなくても勝手に変換してくれるから、頼りっきりだし。

 そう考えると、優里花さんはとてつもなく立派だ。

「ホントにごめん。小説が書けるなんてすごいよね。偉そうなこと言っちゃって失礼だったよ」

「そんな、いいのよ。私が勝手に梨々花の提案に乗っただけなんだし。でも、書けるとか書けないよりも、小説書いた以上面白いかどうかが大事でしょう?」

 立派なご意見で私はますます恐縮してしまった。書いた以上、面白くしたい。趣味とはいえ、やるからにはやる。向かいに座る優里花さんの目は、メラメラと燃えている。

「私、また書いてみるわ。その時は祥子さん、読んでね」

 え、また? と思ったけど、もちろん本人には言わない。面倒くさいなと思ったけれど、でも、次はとんでもなく進化している可能性もあった。優里花さんの瞳の奥の炎に期待を感じつつ、私は笑いながら答えた。

「うん、いいよ」

「祥子さんはどんなジャンルが好き?」

「好きなジャンル?」

 読書なんてほとんどしない。読書感想文を書くのも、書くために何か読むのも苦手だった。世界の偉人系の話だって、全部漫画で読んでるくらいなんだけど。

「うーん、なんだろうな、ええと、何でも割と読むんだけど」

「祥子さんは恋愛って感じじゃないわよね」

「うん」

 女子力の低さがそう思わせるんだろうか。結婚はしてるけど、色気だとか女らしさはない。それは自覚しているけれど。

「別に私の趣味に合わせる必要はないよ。優里花さんが興味の持てる、面白そうって思える題材で書いたらいいじゃない」

「そうかしら」

「そうじゃないと、書くのは難しそうだけど」

「そうよねえ、確かに、そうだわ」

 うんうんと頷いて薔薇の香りを振りまき、最後に優里花さんはにっこりと笑った。

「わかった。ちょっと時間がかかるかもしれないけど、次も読んで感想聞かせてね!」

 小指を差し出され、それにちょっと苦笑いして私たちは、指切りげんまんをした。



 そんな約束なんて、正直言って忘れていた。秋がやってきて、小学校の運動会の日。レジャーシートを二つ並べて敷いて、健人と梨々花ちゃんの応援をしていたら、優里花さんは突然こう切り出した。

「ねえ祥子さん、新しい小説が書けたから、読んでくれる?」


 ホントに書いたんだなって。ちょっと面倒だったんだけど、約束は約束。

 いいよって答えて、次の日、私は高峰家のリビングで再びエレガントなノートと向かい合っていた。

 

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