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第113093回魔族会議

 教会にて血の繋がらない三人が就寝前にのんびりと団欒だんらんしている頃。

 夕闇に紛れるようにして、一つ、二つと闇よりも濃い影が、人気ひとけの減ったマリオーゾの一角へと集まりつつあった。

 ── 今宵は新月。

 闇の力が最も濃くなるこの日、世界中の魔族が集う魔族会議が開かれようとしていた。

 魔王亡き後に行われるようになって、今回で実に113093回を数えるこの会議では、ここ数年同じ事ばかりが議論されていた。


「…フッ、今日も駄目じゃったな……」

「一体何が良くないのでしょうかねえ。我々は誠心誠意を込めて語りかけているのですが」

「うむう……」

「それにしても、今日の怒鳴り声はステキだったわー。流石は魔王様ね!」

「本当よねー♪ 子供なのにあの迫力!」


 …そう、千と数百年もの長い年月の果てに誕生した新たな魔王についてである。

 最初は生まれたばかりの魔王の教育方針から始まり、次に魔王成長後の補佐をどうするかを話し合い、やがて行方不明である事が発覚してからはその行方の探査にと内容は推移していった。

 現在は、ようやく見つかった魔王をどうやって本来の場所に戻ってもらうか、である。

「おのれ、聖主の犬めが! よくも我等の王を……!!」

「あのようなけがれがあっては、我々の言葉も届かぬだろう。困った事だ」

 行方不明だった魔王発見の報告がもたされた時は、彼等はそれこそ泣いて喜んだのだが、所在地が判明した瞬間、衝撃が走った。

 よりにもよって、魔王は敵の最たるものである、聖主を崇める教会に保護されていたのだ!

 当事者がいない状況でその経緯を知る事は出来なかったが、想像する事は簡単だった。

 魔王を黒き母の元へと届けるはずだった彼等の同胞が、教会によって討たれ、連れていた魔王は教会の者が『人間の子供』として保護したのだと彼等は勝手に結論付けた。

 結果として代表となった魔族は、魔王を守り切れなかったものの、聖職者と勇敢に戦って散った者と一部魔族に英雄視される事となった── が、事実は少々違った。

 彼はあえて教会関係者がいないような辺境を選んで進んでいたし、戦った末に敗れ去った訳ではなく、村の近くを通りがかった所をたまたま村人に見咎められ慌てて逃げていた所を、その場にいた某聖女に一方的に調伏されてしまったに過ぎない。

 彼にとってその遭遇は不運としか言いようがない。反撃もろくに出来なかったのも仕方がない事だった。

 何しろ、いくら魔王と言っても人の赤ん坊と変わらない存在を抱えた状態だったのだ。魔王に万が一の事があれば大変である。

 普通の人間相手でも赤ん坊を庇いながら、一体どれだけ戦えたものか。しかし無駄に自尊心の高い魔族達は、その可能性を最初から黙殺した。

 ── それはさておき。

 結果として黒き母の元で魔王として育つはずだったものが、よりにもよって教会の聖職者によって『清く正しく』育てられてしまった訳だ。

 彼等はそのせいで自分達の元へ戻って来ないのだと信じて疑っていなかった。

 そこが魔族の悲しさというべきだろうか。人と常識の異なる魔族故か、彼等自身の胡散臭さが原因だとは、誰一人思いもしていなかった。

 やがて血気に逸った者が吼える。

「今のやり方は手ぬるい! もっと本能に訴えかける手段にすべきではないか!?」

「そうだ! いっそ、この街を焼いてしまってはどうだ?」

「住民を皆殺しにするのは」

「呪いをかけるか?」

「狂わせてしまうのもいいわね……」

 いい加減に鬱憤うっぷんが堪りつつあった彼等の多くが、すぐに賛同の声を上げる。だが、高まった熱を冷ますような一喝が彼等の一角から上がった。

「ならぬ! 取り返しのつかぬ事になっても良いのか!?」

 その声の主は、一際年老いた魔族だった。

 その場にいた魔族の視線が、一斉にその小さな姿に集まる。

「何故だ!! 我等の言う事に王が耳を貸さぬのは、自分が人間と同じだと思い込んでいるからではないのか!!」

 即座に噛み付く言葉に、その魔族は険しい顔のまま首を振った。

「ならぬ。人と思うていらっしゃるからこそ、そのような手段は出来ぬのじゃ」

「どういう意味です、老?」

「そうよ、訳わかんない。その辺の宗教団体みたいな扱いされるの、もうアタシ、耐えらんないわよう!!」

「皆殺しだ! 血の匂いに触れれば、魔王も目が覚めるに違いない!!」

「そうだそうだ!!」

 魔王が生まれ、ようやく世界の覇権を取り戻せると思った矢先に、見失ってから数年。その間に降り積もった不安は、魔王が見つかった事で解消されたはずだった。

 だが、いざ迎えに行けば適当にあしらわれ、こちらに戻ろうとする様子がないばかりか気の毒そうな目を向けられた事は、彼等を追い詰めるのに十分な出来事だった。

 彼等にも、自尊心というものがある。

 かつては人に恐れられ、姿を見ただけでも逃げ惑うのが普通だった。それが、今では逆にこちらが逃げねば、最悪駆逐されてしまう。それがいかに屈辱的な事か。


 ── 魔王さえ、いれば。


 長い事、彼等はそればかりを考えていたのだ。魔王さえいれば、また元のように闇の世界を取り戻せると。

 実際には力を合わせれば、今でもマリオーゾ程度の街ならを一夜にして滅ぼす事も不可能ではない。

 そうした事をしなかったのは、教会側との全面対決になった時、彼等の方が圧倒的に不利である事がわかっているからだった。

 まだ、世界は光の方へ傾いている。すなわち、世界そのものが彼等の敵なのだ。

 かつての力の十分の一程の力しか持たない彼等は、結局の所、自分の身を守る事で精一杯だった。

「魔王さえ目覚めれば、教会も恐れるものではない!!」

「殺せ! 殺せ!!」

 その場は異様な熱気を帯びた空気に包まれ始める。だが、やはり年老いた魔族はそれを制したのだった。

「やめておけと言っておるだろう。よーく、考えてみい。今の王は、まだ覚醒しておらぬのだぞ?」

「わかっている! だからこそ、人の血で……」

「最後まで聞け。まだ目覚めておらんという事は、人間と変わらんという事だろう。精神だけでなく、身体もな」

「……!?」

 ようやく何を言わんとしているのか理解した他の魔族達は、ぎょっと息を飲んだ。

 つまり、今の魔王はあらゆる意味で非力という事なのだ。見境なく彼等が暴れた場合、その余波で怪我を負う可能性もあるし、最悪── 命に関わる事もあるという訳だ。

 さあっと頭から水をかけられたように青褪めた同胞達をぐるりと見回し、老いた魔族はふむ、と頷いた。

「しかも、あのように教会の人間がすぐ側にいては、我等がおもむいてお守りする事も出来ん。下手にあの方が魔王である事を勘付かれても面倒だろう。── この街程度、滅ぼすのはさして難しい事ではないが、その事を忘れてはならんのでは?」

「だが…、では老はどうしたら良いと考えているのだ」

 困惑を隠せない魔族の一人が尋ねると、老いた魔族はニイっとその口を歪めるようにして笑った。

「そうさなあ…まあ、やはり自覚していただく事から始めるべきではないか?」

「…自覚?」

「今の王は人と変わらぬ。ならば、人を堕落させる方法を試してみるのはどうかの」

「確かに…今の王はその辺の人間の子供と変わらんが……」

「おいたわしい……」

 彼等は深くため息をつくと、本来いてはならない場所にいる彼等の王を想い、今度こそはと固い決意を固めるのだった。


+ + +


 一方、その頃彼等の王は。


「あはははは!! 世界が回ってる~~! ハハハハハハ!! 面白れ~~ッ!!」

「リオーニ聖父!? 子供に何を飲ませてるんですか!!」

「え? …酒?」

「…逝って来い、この腐れ聖父が!!」

「うおあ!? お、落ち着け、メリー!! チビが寝付けないっていうからだな…っ、」

「問答無用! 第一、メリーじゃありません!! いい加減、その名を呼ぶのはやめて下さいと何度も言っておいたはずですよ!!」

「アハハハハハ!! おっちゃん、ファイトー!!」

「笑い事じゃねえ、チビ!! ちょ、ま、待てってメリ…っ、ぎゃあー!!」


 ── リオーニに寝酒を飲まされて高笑いをしていた。

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