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エミリオ少年の悩み(2)

 マリオーゾが新たな住人を迎えて五年。

 なりたいものはと育ての母に問われて、堂々と『大金持ち』と答えた少年──エミリオは現在十歳。まるでそこで生まれ育ったかのように、すっかりマリオーゾの生活に染まりきっていた。

 何処にどんな店があるのかも、入り組んだ道の奥まで知らない事はほとんどない。

 健康そのもので病気一つした事もなく、いつも元気いっぱいの彼は陽気なマリオーゾの人々と馬が合った。何処に行っても声をかけられるし、天真爛漫で裏表のない性格は人々に愛された。

 エミリオもまたマリオーゾの人達が大好きだったし、ずっとここで暮らしてゆくのだと信じて疑いもしていなかった。毎日は楽しく、朝はすぐに夜になり飛ぶように過ぎてゆく。彼はその頃、間違いなく幸せの中にいた。

 ──が。

 そんな彼にも現在、一つ悩みがあった。それは……。


+ + +


「……げ」


 頼まれ物を済ませた帰り道、『それ』を目の当たりにしたエミリオはあからさまにその幼い顔を引きつらせた。

 その視線の先にいるのはいかにも怪しげな風貌の人々。

 ただでさえイオス大陸の南端に位置するマリオーゾは一年を通じて温暖で、秋口でも昼間は少し動けば汗ばむ程だ。にもかかわらず、彼等は全員頭から足の先まで黒尽くめなのである。

 しかも顔にはご丁寧に季節外れのカーニバル用の派手な仮面を被っていて、どう好意的に見ても変な人達である事は否定出来ない。

 だが、それだけならエミリオも『人の趣味はそれぞれだし』と片付けられる。マリオーゾの住人はエミリオだけでなく、イオス大陸の街では特異的なほどあらゆる事に関して寛大なのだ。

 しかしそう出来ないだけでなく『げ』などと嫌そうな声を上げたのには、当然ながら理由があった。

 と言うのも──。


「おお! 皆の者、いらっしゃったぞ!」

「いや~、数刻待ち続けた甲斐がありましたな!」

「ご機嫌麗しゅうございます、我が王」

「ワシはここ最近、毎日ご尊顔を拝謁はいえつせんと眠れんで……」

「そうでしょうとも、そうでしょうとも……我らの生きる希望ですからなあ……!」

「今日こそは我々の願いをお聞き届け下され!」


 などと、口々にエミリオが理解不能(理解したくないとも言う)な事を言いながら、わらわらとそこここから、正に虫のように湧き出て来るのだ。

 そして前後左右からエミリオの方へ歩み寄って逃げ道を塞ぐと、最後は決まって口を揃えてこうのたまうのだった。


「さあ、我等の王よ! 今日こそは共にこの世を闇に沈めましょうぞ!!」


 ──年端も行かない、十歳の子供を取り囲んでいう台詞ではない。

 しかも困った事に、己に陶酔しきっているらしい彼等は、何を言ってもこちらの言い分に耳を貸さないのだった。

 彼等が姿を見せるようになったのは、今から十日ほど前の事だ。

 非常に蒸し暑い日で、普段通らない少し薄暗い裏通りを通っていた時のこと。突然、何処からか『王だ!』と声が上がって、何だろうと立ち止まったのがいけなかった。

 気がつくと目の前に仮面を被った黒尽くめの人々がいて、何が何だかわからない内に道を塞がれていたのだ。

 いくら他者に寛容であっても、いきなり見知らぬ人々に立ち塞がれれば身の危険くらいは感じる。

 思わず身構え、何者かと尋ねようとした時──いきなり彼等の一人が『王よ!!』と叫んで、感極まったように抱きついて来た。

 それが切っ掛けだった。

 あれよあれよと言う間に取り囲まれ、勝手に歓喜号泣し始めた時は、振り払う事も忘れてどうしていいのかわからずに途方に暮れたものだ。

 確かにこしばらく、秋口だというのに異様に暑い日が続いていた。

 もしやその暑さに頭をやられてしまったんだろうか、と気の毒に思っていると、その内にそのまま何処かへ連れて行かれそうになった。

 いくら何でもそのまま黙って誘拐される訳には行かない。我に返り、慌てて抱きかかえた人間に蹴りを入れてその日はなんとか難を逃れたのだが。

 ──それがいけなかったのか、それとも別に理由があるのか。

 彼等はそれから毎日毎日、欠かさず彼の前に姿を見せては変な勧誘のようなものをしてくるようになったのだった。

 やれ、『一緒に世界を闇に沈めるのです!』やら『今こそ世界を我らの手に取り戻す時!』など、あまり穏やかでない言葉に違和感を感じはしたものの、他の大陸では聖主信仰とは異なる宗教を信仰する人々が信者を増やすべく活動をしているという。

 その話はエミリオも聞いたことがあったので、おそらくそうした人々なのだろうと想像はついたがまさか自分がその当事者になるとは。

 最初は身の危険を感じた為とは言え、初対面で蹴りを入れるなどというとんでもない(養い親に知られたらどんな恐ろしいお仕置きをされるかわからない程度の)乱暴をしたという意識があったので、『そういうのお断りしてるんでー』とか『布教って大変なんですねー』」とか適当に口先でかわして逃げていたのだが、いくら(自称)温厚篤実なエミリオもそろそろ我慢の限界だった。


「……だあああああッ!! 鬱陶しいっ、鬱陶しいんだよアンタらぁあああ!! 行く先々で湧いて出るんじゃねえ、イカレ野郎どもッ!!!」


 ついにキレて口汚く怒鳴りつける。気性の荒い海の男・女も多い港町育ちは伊達ではないのだ。

 普段こんな物言いをしたなら、後で育ての母にしばき倒されるとわかっているので(エミリオがどんなに隠していても、何故か伝わっているのだ)口にしないが、今までの鬱憤うっぷんが溜まりに溜まっていた。

 何しろ、彼等に付きまとわれるせいで約束の時刻に遅れる事数回、お使いの買い忘れが数回、その度に無実の罪で叱られるのである。

 毎日通る道を変えているのに必ず姿を見せる彼等は、ある意味健気なのかもしれないが、当事者にとっては気味悪いを通り越して鬱陶しい以外の何物でもなかった。

 そうでなくても、すでにその見た目が暑苦しいというのに!!

「宗教勧誘なら余所行ってやれっ! 余所で!!」

 今日という今日は許せない、と怒り心頭で発した言葉は、しかし逆に彼等を喜ばせるだけだった。

「ややっ、お怒りになられた……!」

「おお、幼いながらも何と言う迫力!」

「身体が震えました!!」

「流石は我等の王……素晴らしい!!」

「痺れるわ……♪」

 ──もうヤだ、こいつ等。

 口々に好き勝手な事をいう変質者の集団に、心底げっそりとなってエミリオは肩を落とした。

 逃げても駄目、怒っても駄目(というか逆に喜ぶ)。怪しい宗教勧誘(?)だけならともかく、絶対に精神的にどっか変だ。

 人を偏見で見てはいけないと言われているが、きっと誰が見てもこの集団は変だろう。

(つーかさー、ここで足止めされてる訳にはいかないんだってば!)

 すでに太陽は傾きかけて、地面に伸びる影が長くなっている。今日は彼と、現在身を寄せている所の家主の二人が食事当番の日なのだ。

 将来一人でも生きて行けるよう、自分の食事くらい自分で作れるべき、という養い親の教育方針の元、日没の鐘が鳴る頃には夕食の準備に入っていなければならない。

 今日のメニューは、羊の肉の煮込みに木の実のソースをかけるマリオーゾの名物料理だ。簡単な割りに美味しく、男の手料理でも失敗が少ない料理の一つでもある。

 自分に厳しく、他人にも厳しく、ついでに時間や約束事にも厳しい養い親の顔を思い浮かべ、ぞくりと背筋に悪寒が走った。目の前の変質者よりも、養い親の怒りの方がずっと恐ろしい。

(付き合ってられっか!!)

 きっ、とまだ何か感動に浸っているらしい人々を睨みつけると、すうっと息を吸い込んだ。そして。


「道を、開けろってば────ッ!!!」


 呼気を余す所なく使って、先程の比ではない程の大声で怒鳴りつける。もちろん、怒鳴った所で先程と同じような事になるのは予測済だ。狙いは別の所にあった。

 ざわざわと遠くで聞こえている喧騒の中から、一つ二つとエミリオの知った声が聞こえてくる。


 ──なあ……今、エミリオの声がしなかったか?

 ──ああ、聞こえたぞ。何か叫んでいるようだったが。

 ──何かあったのかもしれないよ、見てきてやんな!

 ──そうよ、もう日暮れが近いし……人攫いだったら大変だわ!


 顔の広いエミリオは、この周辺にも顔見知りが山のようにいた。結果として彼の大声を聞きつけた人々が、どうしたどうしたとこちらに向かって来る。

 その気配を感じたのだろう、黒尽くめの集団は我に返ったように慌てて姿を隠し始めた。

「皆の者、姿を隠せ! 人が来るぞ!!」

「今日こそはと思っていたのに……」

「我が君、また会いましょう!!」

 何も逃げ隠れせずとも、と思うが、彼等はこんなに目立つ格好をしているのに、人目につく事を殊更避けるのだ。

 その逃げっぷりは見事としか言いようがなく、人々が到着する頃には一人も残っていなかった。

「エミリオ? どうしたんだ、こんな所で一人で」

 やがてやって来た顔見知りの男に、エミリオは心底疲れ果てた顔を向けた。

「いや、ちょっと変な人達に絡まれて……」

「何だと!? 大丈夫だったか!?」

「この辺りにもそんなのが出るようになっちまったのかい。世も末だねえ」

 よしよし、と宿屋の女将さんに頭を撫でられ、エミリオはようやくほっと肩から力を抜いた。

 これで今日はもう出て来ないだろう。変な所で律儀な彼等は、一度姿を見せるとその日二度は現れない。

 それにしても──彼等は一体、何なのだろう? 少年の悩みは深まるばかりだった。

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