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正しい魔王の使い方(3)

 今も耳に残る、言葉。


 ── 哀れな事だ。


 他の誰からも、そんな事を言われた事はなかった。

 そんな…心からの同情と憐れみを込めた言葉を。

 例え誰かに言われる事があるにしても、その人物から与えられるとは思ってもいなかった。

 言葉を交わす事があっても、互いの存在を否定し合うような不毛なものになるのではないかと思っていたのに。


 ── 傀儡にんぎょうに心はいるまいに。


 本当にその通りだと思った。

 そんなもの、なければ良かった。そうしたらきっと、こんな思いを抱く事はなかっただろう。



 自分が倒さなければならない相手に対して、『殺したくない』だなんて。


+ + +


 先程蹴り飛ばして距離が出来たとは言え、相手が魔物である限り十分な間合いとは言い切れない。

 リドルが動いた事に警戒の色を強め、魔物は威嚇いかくするように低い唸り声を上げる。おそらく通常の人間ならば、それを耳にしただけで腰を抜かした事だろう。

 魔族や魔物の声音は人の可聴域を超えた音も多く、その性質を逆に利用して快い声音で人を幻惑するような種族もいるが、基本的に耳障りでに不快感を伴う場合が多い。

 目の前の獣は明らかに後者だ。

 ざわりと周囲の大気が動いたような感覚に、リドルはその目をすがめる。

 錯覚ではない。目に見えない『力』が、魔物の身体に集まって行く。少女と対峙していた頃より、心なしかその体躯が一回り大きく見えるのは見間違いではなかった。

(──《共振》)

 こうした獣に近い魔物は、群れる事で互いの魔力を高めあい、力を増幅し合う性質を持つ事がある。

 それを《共振》といい、同族の危機を察知した時が最もその狂暴性と攻撃力が増すと、各地に散らばる退魔師達から報告されている。その現象が今まさに起こっているのだ。

(…ごめんね)

 リドルは心の内で小さく謝罪し、そのまま予備動作もなく手にした短刀を一閃させた。

 刃の長さ的には魔物には到底届かないはずの一撃。けれど何かを察知したのか、魔物はその場を飛び退く。

 次の瞬間、魔物がいた地点の大地がざくりと切り裂かれ、土煙があがった。

 リドルの武器は特別製だ。直接攻撃を当てずとも、相手を傷つける事が出来る。ただし── 魔族か魔物を相手にしている場合に限って、と制約がつくが。

 一見その一撃は肉を切り裂く為のように見えるが、実際は違う。その内、血肉に宿る魔力を滅消する能力を持つ。

 魔力は魔族達にとって生命力そのものだ。それを奪われれば死滅するより他はない。

 魔力を感知する事でそれは武器としての性能を発揮するが、近くに魔族がいなければ普通の短剣と変わらない。いや、どちらかと言うとなまくらな部類に入るだろう。

 逆を言えば、相手が人間などであった場合は通常の武器以下の威力しか持たない。ただ魔物を殺す為の、魔族を滅ぼす為にだけ存在する──武器。

 初撃は威嚇の意味合いが強い。こちらの武器の力を知らしめる事で、相手を牽制させる事が目的だ。

 これで退いてくれれば── そんな密かな願い空しく、魔物の瞳の色が変化した。

 どろりと濁った緑から、鮮やかなオレンジへ。魔物がリドルを完全に排除すべき敵とみなしたのだ。


 ──『主』を害する可能性があるモノとして。


 そう、仲間が近くにいる訳でもないのに《共振》が起こっているのも、リドルを敵とみなすのも、そもそもこの魔物が単体でこんな所に姿を見せたのも、たった一点に集約される。

 『魔族ホイホイ』── そう噂されるエミリオがこの場にいるからだ。

 そのふざけた呼び名は、実際の所、非常に核心をついている。誰が言い出したかは知らないが、上手い事を言ったものだとリドルは密かに感心していた。

 リドルは鋭く吐息をつき、再び距離を取り直す。さりげなく背後のエミリオと少女を庇えるように間に立てば、益々不快げに魔物が吠えた。

 魔物からしてみれば、リドルの方がここから排除すべき存在なのだ。おそらく、少女に至っては関心もないだろう。

(お前はただ、『魔王』を守ろうとしてるだけなのにね) 

 言葉にはせず、やはり心の内で語りかける。そうした所で結果は変わらないとわかってはいても、そうせずにはいられない。

 それは当事者自身すら知らない秘密。それを守る為にリドルはここにいる。

 闇の生き物の頂点にして、闇の世界の王たる『魔王』。闇に属する生き物にとって、その存在は何よりも絶対的なものとして優先される。

 『魔王』あっての魔族。その存在は魔族や魔物の能力を活性化させ、人の心を、世界の在り様を、負の方向へと傾ける。

 存在一つで、世界は簡単にひっくり返る。そんな途方もない存在が、エミリオその人なのだ。

 相手が魔物で良かったと密かに思う。身勝手な事は承知の上だが、こちらとしては余計な口を利く魔族を相手にする時が、いろんな意味で一番戦いづらい。

 エミリオは自分がそうである事を知らない。自身が普通の人間だと疑いもしていない。そんな彼に、自身への疑いを抱かせるような発言をしかねない相手だと慎重にならざるを得ない。

 …どちらかと言えば、こちらが悪役なのだと自覚しているからこそ。

 とても身勝手で、とても個人的な理由で、彼に同行しているからこそ──。

「悪いけど、『エミリオ』は渡さないよ」

 ぽつりと呟き、リドルは地を蹴った。

 驚くほど重さを感じさせない速さで一気に距離を縮める。魔物も鋭い牙を剥きだして応戦の姿勢を見せた。


 …ッガ!!


 牙が受け止めた鈍い音が手元で響き、衝撃が腕へと走る。

 刃ごとへし折らんばかりにぎりぎりと魔物が顎に力を込めてくる。おそらくそれが普通の武器ならば折れるのは時間の問題だっただろう。リドル自身、どちらかというと小柄で体格的に不利と言えた。

 けれど、受け止めている武器も普通でないように、その使い手も普通ではなかった。

「悪いとは思うけど…これが僕の役目なんだ」

 薄く笑ったその顔は何処か冷めきっていた。つい先程までとはまるで別人のよう── 何処か作りものめいた表情がそこにある。

「『魔王』は復活させない」

 断言する言葉は鋭く。

「エミリオが『エミリオ』である内は、絶対にそっちには渡さない…!」

 黒い瞳が不可思議な光を帯びて。それはここではない何処か遠くを見つめるかのようにすがめられる。

 …忘れられない言葉がある。

 忘れられない、瞬間がある。

 あの時、自分は正しい意味で『感情』を得た。初めて、自分を創ったものを恨んだ。初めて自分を嫌悪した。

 初めて── 何かを喪いたくないと願った。

 その願いは、叶うはずもない願いだったけれど……。


 ぶんっ!


 その細腕は想像を覆す力を発揮し、刃に噛みついた魔物を振り飛ばす。

 再びあがる、苦痛の声。手加減などしなかった。中途半端に手加減した所で、相手の苦痛を長引かせるだけだ。

 一瞬だけリドルは背後に視線を向けた。目を反らす事なくこちらを見つめる瞳に、思わず苦笑いする。

(…後で怒られるんだろうなあ)

 戦い方がひどすぎると、また叱られるのだろう。けれど仕方がない。

 困った事に完全にそこにある魔力を『食らい尽くす』まで、彼の得物は元のなまくらに戻ってくれないのだ。

 次の瞬間、その顔から再び表情が消え去る。

 振りかぶるは、魔物を屠る為の一振り。大地に打ちつけられ、すぐに体勢を整えられずにいるそこを──。

「…おやすみ」

 感情のこもらない平坦な言葉と共に風の刃が一閃した。

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