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正しい魔王の使い方(2)

「…お見事。相変わらず上手いねえ」

 ぱちぱちと手を叩く少年を、意識を手放した少女を抱きあげながら、エミリオがジロリと睨みつける。

「こんなものが得意でも自慢にならねえだろうが」

「うん、それはそうだけどさ」

 相手の意識を奪う── 暗示の応用だが、相手が警戒心を抱いていたらこうもあっさりとはかからない。

 黙って笑っていれば理想の『王子様』そのものの外見なお陰なのか、老若男女問わずエミリオのそれはもはや達人レベルだ。

「流石に女の子の前で魔物かっさばく所を見せる訳にはいかないし、どうしようかなって思ってたんだよねー。いつもながら助かるよ」

 のほほんとした笑顔で呑気に言い放たれる言葉は、随分と物騒だ。その身も蓋もない表現に顔を顰めながら、エミリオは一歩下がる。

「いいからとっとと片付けろ。お前の仕事だろ」

「はーい」

 へらりと笑い、こちらを警戒するように見ている魔物へと対峙するその背に声がかかる。

「…リドル」

「ん?」

「いや…なんでもない」

 明らかになんでもないとは言えない様子だが、何が言いたいのか何となく察して少年── リドルは小さく笑う。

「大丈夫だって。エミリオが『魔族ホイホイ』でも…ぼくがいる限り、滅多な事にはならないから」

 誰が『ホイホイ』だ、と背後から不機嫌そうに飛んでくる声に肩をすくめて見せる。

 彼が行く先々には必ず魔物が現れる。それは噂ではなく、限りなく真実だった。魔物だけではない── 場合によっては、それなりに力のある魔族までも姿を見せるのだ。

 決して口にする事はないが、エミリオがそれを気にしている事をリドルは知っている。

 普段は傲岸不遜で、とても聖職者とは思えない言動をするが、実はなんだかんだとお人好しな彼は周囲にその被害が及ぶ事を恐れているのだ。

 性に合わない聖職者の道を選んだのもそのせいだし、彼が一点に留まらず、聖主の教えを伝道するという名目で各地を放浪するのもその為だ。

 そして── 自身に魔族に対して無力である事を恥じている。そして最終的に代わりに戦う事になる自分に対し、申し訳ないと思っているらしい。

(本当にばかだなあ、エミリオは)

 『真実』を知るリドルは心の中で苦笑する。

 そんな事を思う必要なんてないのに。実際の所、リドルがエミリオに半ば無理矢理同行しているのは、自分の都合による所が大きいのだ。その理由を話す事は出来ないけれども。

 手にした短剣を軽く振る。その瞬間、その刃がするりと伸びた。それだけではない、心なしか刃も厚みが増している。

 それでも魔物相手に振うにはいささか心もとない大きさだが、この剣の本質にはなんら影響しない。

「全部、片付けてあげるよ」

 ごくごく軽い口調で言われた言葉に、背後でエミリオがため息をついたのが聞こえた。

「──…後で泣くくせに」

 ぼそりと付け加えられた言葉に思わず苦笑が漏れた。

 だって仕方がない。たとえ相手が魔族でも、魔物でも、それは生き物だ。命があるものだ。

 それを一方的に奪う行為に、自分はいつまでも慣れる事はない。苦しくて、耐えきれなくて、心が壊れそうになるのを防ぐ為に、勝手に涙が流れるのだ。

「エミリオだって言ったじゃない。ぼくが魔族の『天敵』だって。…それに」

 一瞬だけ向けた視線は、エミリオのそれと合う。

 真っ直ぐに向けられたそれは、これから起こる出来事を全て見届けるのだろう。その瞳に笑ってみせて、駆けだすと同時にリドルは言った。


「これがぼくの『役目』だからね!」


+ + +


 ── 初めまして、エミリオ。


 それが初対面の挨拶。

 今から五年ほど前、そんな事を言って突然目の前に現れた赤錆頭の少年は、それから一方的に自分に付きまとっている。


 ── ぼくの名前はリドルって言うんだ。これからよろしくね!


 『これからよろしくね』という言葉は、結局の所、『これから(ストーカーの如く付きまとうけど)よろしくね』という意味だったらしい。

 終点などない、放浪の旅。世界を渡り歩きたい、という子供の頃の夢は結局そんな違った形で叶った訳だが、こんな余計なオマケがついてくる予定はなかった。

 正直何を考えているのかわからないし、鬱陶しいし、その目的も未だにわからない。

 そもそも同行を許した記憶もないのに、いつの間にか当たり前のようについて来る彼の事を、エミリオはどう扱っていいのか、いまいち図りかねていた。

 リドルの事について知っている事は数えるほど。

 名前以外なら教会関係者(しかも魔族討伐を専門とする退魔師)らしいということ、『リドル』という名前が表している通り天涯孤独であるらしいこと(『リドル』とは『男の子』という意味で、孤児につけられる一般的な名前である)、辛いものが苦手という程度しか知らない。

 こちらから尋ねた事がないというのもあるが、何となく必要以上に踏み込んではいけないような気がしてならないのだ。

 たとえば結構な実力者と思われるのに教会内でも無名らしいのは何故なのかだとか。

 初対面だったはずなのに、どうして自分を知っていたのかとか。

 初めて訪れたと言う割に、やたらその地方について詳しいのは何故なのかとか。


 ── どうしてその外見が出会った時と変わらないのか、とか。


 考え出すときりがないほど、ひたすら謎めいた存在だ。

 特に最後の疑問はそもそも『人』なのかという疑問に繋がりかねないので、あえて考えないようにしていたりする。

 何気なく腕に抱え上げた少女を見下ろした。布越しに伝わる体温はそれが生きている事を示す。自分より少し高めの子供体温に触れていると、そんな状況ではないのに何故か落ち着く。

 そう言えばもう一つ知っている事があった。

(…アイツ、体温低いんだよな)

 短剣と細剣の中間のような半端な姿になった剣を片手に魔物に向かう背を眺め、そんなどうでもいい事を考える。

 ──『魔族ホイホイ』。

 そんな不名誉というか、いっそ恥ずかしい呼び名がついてしまった自分の行く先々には、認めたくない事だけれども、今目の前にいるような小物を含めて闇に属する生き物がよく現れる。

 まだ教会に入る以前、イオス大陸の港町で暮らしていた頃は気付いてなかったのだが、そういう体質らしい。

 最初にその話を告げられた時は、当然ながら信じられなかった。

 だが、教会での生活に飽き飽きし、脱走を決意して飛び出して間もなく、すぐにそれが嘘ではなかった事を思い知る事になった。

 南へと向かう街道を進んでいた時に熊のような魔物に襲われ、まさに絶対絶命の危機に陥ったエミリオを助けてくれたのが── リドルだった。

 今でも覚えている。

 大人の男より二回りは大きな魔物が、目の前で真っ二つになった瞬間を。

 頭から返り血を浴びた凄惨な姿で、何事もなかったかのようにさわやかな挨拶をしてきたそのイキモノを人と認識するのはかなり難しかった。

 あまりのエグさに、呼吸すら忘れ、必死に吐き気と戦ったものである。

 それと同じような光景が、また繰り広げられようとしていた。他の退魔師を知らないので何とも言えないのだが、リドルの戦い方は正直あまり美しいとは言えない。

 倒すと言うよりも── 何というか、屠殺に近い。

 首を撥ね、肉を切り裂き、生き物の形だったものがただの肉片になり、周辺は魔族の血に染まる。

 体液が赤くない魔族ならともかく、人と同様に赤い場合は視覚的にかなりきついものがある。もうちょっとまともな戦い方がありそうなものなのだが、門外漢なだけでなく『守られる』立場である己に文句をつける余地はない。

 出会って間もない頃は、何度も夢に見てうなされたものだ。その頃と違い、今はそれを目をそらさずに見届けようと思う。

 魔族を呼びよせる体質なくせに、自分には魔族を倒す能力がない。

 最初の脱走に失敗したエミリオはその事実を受け止めると、今度は真面目に教会での勤めに励むようになった。

 伝道を許される聖父として資格を持てば、わざわざ脱走せずとも自分の意志で好きな場所へ行ける(しかも教会の保障付きで)という事に気付いたからである。

 そう── 一人で、何処にでも。

 裏返せば『万が一』の事が起こった時、下手に周りを巻き込まずに済む。

 そう思ったのに── 気がつくと横に、赤い頭がある。呑気にへらへらと笑って、『大丈夫だよ』と言う。


 ── 全部、片付けてあげるよ。


 そうしてその言葉の通り、現れた魔物や魔族を倒してしまう。その後で一人落ち込んで、時に泣く事もあるくせに。

 本当は嫌なのだろうと思うから、迷惑だと突き放し、邪魔だと邪険に扱ってみたりもした。嫌な事を我慢してまで、守られたいとは思わない。

 なのに、リドルは構わず付きまとい、そして己の手を汚す。自分は退魔師だから、これが役目なんだと口癖のように言いながら。

 だからエミリオはどう言っても無駄なら、せめてきちんと見届ける事にした。エグかろうか、トラウマになろうが、それ位しか自分に出来る事はないから。

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