エピローグ
翌日も、マリオーゾは晴天だった。
── 正しくは、マリオーゾだった場所、と表現すべきかもしれないが。
町の一部が完全に崩壊、そうでない所は半壊し、ついでに地面に大穴が開いてしまったそこが、再び元のような姿に戻るには、相応の月日がかかるに違いなかった。
取り合えず一夜が明け、マリオーゾに向かってきていた魔族達を追い払った彼等は、家が残っている者はそこへ、運悪く失ったしまった者は無事だった者の家などに世話になる事にしてひとまずの解散に落ち着いた。
マリオーゾ唯一の聖所はあの騒ぎの中でも奇跡的にほとんど被害がなく、リオーニ達はおよそ半日振りに古巣へと戻る事が出来た。
そこへ戻る間もリオーニの背で一度も目を覚まさなかったエミリオの状況は心配だったが、彼等は全員疲れ果てていた。
魔族を倒す事が本来の仕事とはいえ、魔族が弱体化している事もあり、ここまで大がかりな戦闘は滅多にあるものではない。
それぞれ自室で休息を取り、夕刻になって再び目を覚ましても、やはりエミリオは起きる気配を見せなかった。
一日が過ぎ、二日が過ぎ── 流石にこれだけ目覚めないとなると心配になってくる。
どうしたものかと考え、医者に診せてもただ眠っているだけで、何処にも異常は見られない、まったくの健康そのものだという答えが返ってくるばかりで彼等は困惑した。
そして、いくら何でもこれ以上はと思った五日目。
こんこんと眠り続けていたエミリオがようやく目を覚ました。
再び目を覚ますのが魔王である可能性がない訳ではなく、リオーニもディスティエルもその枕元で気が気ではなかったのだが、目を覚ましたエミリオの第一声と言えば。
「…何で二人してそんな所にいるのさ」
── という、実に呑気かつ怪訝さを隠さないものだった。
ついでに左右の頬の傷や腫れの名残りに、これ以上にない程に疑問符を飛ばしたが、その辺は軽く無視する事にして。
いつも通りのエミリオの様子に一気に緊張が解け、安堵した彼等は困惑するエミリオを余所に、良かった良かったと喜んだのだが──。
+ + +
「…覚えていない?」
「ええ、どうも魔王に支配されていた時だけではなく、魔族に攫われた前後からさっぱり記憶がないらしいみたいです」
やがて判明したその事実に、二人は顔を見合わせる事になった。
取り合えず目覚めたのがエミリオであった事から、魔王復活は阻止された事になってはいたが、そうですかと簡単に片付けられるはずもない。
教会側からは、魔王の器とされたエミリオからその際の詳細をよく聞き出せ、という指令が来ていた。
今後の予防策を講じる為にも、確かに魔族がどのようにして魔王を復活させたのか知る必要性があった。何より、何故魔族がエミリオを器に選んだかが最大の謎だ。
少なくともその時点で、魔族側にはマリオーゾの住人が全て教会関係者である事は知られていなかったはずで、誰が選ばれても構わなかったはずなのだ。
…未だ彼等は、エミリオ自身が魔王だったという可能性を完璧に見落としていた。
「どうしましょう」
「どうするたって…覚えていないもんはどうしようもないだろう」
「ですが、このままではエミリオは満足に外も出歩けなくなってしまいます」
「…うーん、確かになあ……」
教会からは、マリオーゾに再び魔族が雪崩れ込む可能性があるとして、エミリオの身柄を要求する動きすらあるのだ。
総本山にエミリオを預ける事自体は、どうとでも言いくるめる事が出来るかもしれないが、問題はそこで彼がどのような扱いを受けてしまうのか、という事だった。
全く覚えていないとなると、身に覚えのない事で行動の自由を奪われ、最悪一生閉じ込められてしまうかもしれない。
血の繋がりはないが、エミリオを実の子のように思っている二人には、それはとても耐え難い事だった。
だがここにいたとしても、同じような事が起こった時、また守る事が出来るかというと、断言出来ない。今回のは、本当に準備と運が良かっただけに過ぎないのだから。
運悪くこの時期にマリオーゾに滞在していた旅人達へは、今後の道中の『魔除け』と称して昨夜の出来事に関する記憶を夢と思いこむよう暗示をかけてはいるが、崩壊した街までは誤魔化せない。
今後またエミリオが『魔王』に支配されるような事があれば、流石に『魔王』の存在を隠す事は難しいだろう。
教会だけでなく世界中の人々が敵に回ってしまっては、いかにマリオーゾの住人が望まなくてもその器ごと滅ぼさざるを得なくなる。
「…一番いいのは、チビが自発的に教会に入る事か」
しばし考え込んだ後、リオーニが苦し紛れな様子で呟くと、ディスティエルも同じ考えに至ったらしく、そうですねと頷いた。
「無理に閉じ込めては、良い結果にはならないでしょう。…でも、自分で決めた事ならやり遂げる子です」
「だが…なあ。それが一番難しい手な気がする……」
エミリオが聖職者に興味がない事を知る二人は、重いため息をついた。
今まで自分達と同じ道を勧めなかったのは、自分達が正しくは『聖父・聖女』ではない事もだが、何よりこの自由なマリオーゾで育ったエミリオが、教会の規律の厳しい世界に合うとは思えなかったからだ。
かと言って、せっかく忘れているのに全てを告げるのはあまりに酷な気がする。
誰が言えるだろう── お前は魔王に支配されていた、などと。
まず信じないだろうし笑い飛ばすくらいしそうだが、それが事実だと知ったら、いくらエミリオでもショックを受けるに違いない。
再びしばし考え込んだ二人だったが、結局出てきた結論は一つしかなかった。
「── 仕方がない、何とか口車に乗せるしかなかろう。これもあいつの為だ」
「…ですね」
第七退魔師団『マリオーゾ』の総統官と副総統官は、意見の一致を見ると、それぞれ頷きあった。作戦が決まれば、後は実行するのみである。
こういう時の彼等の連携の良さは、他に追従を許さない。
そんなやり取りを窓の外から見ていたフレイアは、恐らく訳がわからないままに、リオーニの口車に乗せられてしまうであろうエミリオを思い、気の毒にと同情した。
+ + +
その後、リオーニの口車に乗せられて、望まぬ聖職者の道に進む事になってしまうエミリオは、紆余曲折の末に『伝説の聖父』として後世にまで名を残す事になる。
…もっともそれは、偉大な功績を残したとか歴史に名を刻むような事をした訳ではなく、『彼が行く先々には必ず魔族(大抵、その地方での大物)が現れ、結果としてその地方が平和になる』という、実にありがたくない『魔族ホイホイ』としての名声だったのだが。
彼は生涯、自分が『魔王』である事を知らないままであったという。
── これは闇の王でありながら、清く正しい道を歩いた『正しい』魔王の物語。
めでたし、めでたし。
こちらの作品はHPの五周年記念に書いた作品の加筆修正版です。
シリアスな話を書く事が続いていたので、ひたすらノリの軽い、楽しい話を目指してみましたが、いかがだったでしょうか。
『正しい』は魔王と育て方の両方にかかります(笑)
ノリが軽い分さくっと終わると思ったのに、蓋を開けると普通に長篇レベルだった訳で。
ついでに、一番最初はすごくベタな話にしようと思っていたので、主人公も魔王じゃなくて勇者の方だったんですが。
気がつくと魔王が主人公で、しかも属性が聖だったという(笑)
宗像はやっぱり天の邪鬼みたいです。
本篇はここで終わりですが、削ったエピソードを使い、ちょっと頑張ってボーナストラックめいたものを書いてみました(正確には現在進行形)
少し未来の一幕。宜しければそちらもどうぞご覧下さい。