表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/25

魔王覚醒(3)

 始まりは聖主が魔王を倒し、世界に光が戻って数十年後。

 聖主の『言葉』を唯一理解出来たとされる聖女マルグリーテが、その今際の際に言い残した言葉があった。


『聖主は神の元に戻ってなお、我等を見守っておられます。その御言葉に耳を傾けなさい。さすれば、光の世は永く続くでしょう』


 それはそれまで生死不明とされていた聖主の死を暗示すると同時に、彼が神の使徒として神格化される切っ掛けになる言葉だった。

 マルグリーテの死とその言葉により、それまでは単純に『救世主』としての聖主を敬い慕うだけの集団が、教会という形態を取り、イオス大陸に宗教として広まるようになったのだ。

 当初は疑問視されていた『聖主の言葉』は、やがてそれを受け止める神子の存在により現実となる。

 初代の神子はマルグリーテの養子だったと伝わっている。彼は聖主からの託宣を受け、当時まだ力を持っていた魔族の大規模な襲撃を予見し、その被害を最小限に食い止めた。

 それ以後も神子の代は変われども、『託宣』は魔族だけでなく自然災害にまで及び、有事の際に真っ先に動ける事から、結果として聖主信仰の拡大化へと繋がっていった。

 ── そして今から、数百年以上前。聖堂に籠っていた神子の下に、一つの託宣が下った。

 …曰く。


『これより数百年の後、南の地にて太古の闇甦らん』


 『闇』とは魔族を示す隠語。太古とつく事で、それが魔王復活を意味するのだと解釈された。聖主の託宣はそれまで一度も違えた事のない予見。たちまち教会は大騒ぎとなった。

 また、数百年後、という曖昧な表現も物議を醸した。

 そんなにも遠い未来の事についての託宣は過去にない事だったからだ。

 たとえ策を講じるにしても、自分達すら生きていない先の事を見通して考える事は至難であったし、何より当の『魔王』がどれほどの力を持つのかもわからない。

 すでに当時を直接知る者は生き残ってはおらず、また当時の記録も混乱時の為、正確だとは言い難い。

 魔王に関して彼等が知るのは、かつて世界を支配していた事と、彼等が崇める聖主によって討たれたという『史実』のみ。

 一番の謎は復活する暗示はあっても、それによって世界が滅ぶような兆候が何一つ示されていないという事だった。

 そして更に百年余りが過ぎ── 再び神子の元へ魔王に関する新たな託宣が下った。


『かつて栄華を極め、そして滅び去りし王国。人々が去り、水の流れのみ残りし場所にて闇は目覚める』


 それは魔王が復活する場所を示すものとされ、彼等は密かにイオス大陸のみならず、南方と呼べる全ての場所を探索した。

 それは途方もない労力を必要とするものだった。

 何しろ世界はあまりに広く、しかも当の滅び去った王国がいつの時代のものかもわからなかったからだ。

 彼等が知る歴史は、聖主により魔王が討たれて後の事のみ。それ以前の事になると、文献は一つもなく、まさに砂漠の砂から砂金一粒を探すようなものだった。

 だが、彼等は諦めなかった。それはまさに、信仰のなせる技と言えただろう。

 そして途方もない労力と時間を経て、イオス大陸の海辺に接する荒野に、かつての地下水路が発見された。そこがそうであるという確証は何一つない。けれども可能性はある。

 彼等は話し合い、そこに町を築く事にした。それは実に数百年の月日に渡っての、壮大な計画によるものだった。

 いきなり大人数で町を作れば、未だ滅んではいない魔族に勘付かれるかもしれなかったし、それによって万が一託宣が歪む事があってはならない。

 少しずつ、少しずつ。荒野を拓き、港を造り── 気の遠くなるような時間をかけて、その町は造られて行った。

 当然、町に暮らす人間も様々な職業の人間に身をやつした。最初は偽装に過ぎなかったが、年月が経つ内にその生活に慣れてゆく。

 周囲の町の人々も、よもやそこで暮らす住民が全て教会関係者だとは思わない。

 時が経つにつれ世代は変わって行ったものの、港町という形態の為か、外部の人間はほとんどそこに定住する事はなく、たとえそこに根を張ったとしても最終的には教会との関わりを持った。

 気がつくとその町はイオス大陸の玄関口となり、大陸の流通を左右する程の有数の港町になっていた。

 けれどもそれすらも、教会側の目論み通りだった。まだこの地が託宣の場所とは限らない。他大陸の情報を一早く手に入れる為にも、その町は港町でなければならなかった。

 …世界に存在する大陸は全部で六つ。

 それぞれに対魔族の戦闘要員が配置されており、それぞれ第一退魔師団、第二退魔師団と名付けられている。

 これらに関しては特に重要機密という訳ではなく、ある程度の階層の人々で興味のある者ならば存在を知っている。

 だが、それは実際には七つ存在している事は知られていない。

 教会でも最重要機密に属する七番目の退魔師団。その名は、そのまま彼等が存在する場所を示す名となっていた。

 それが『マリオーゾ』。

 それは太古の言葉で『封印』を意味するという──。


+ + +


 軽く腕組みをしながら、リオーニは中空に浮かぶ『魔王』に目を向ける。

 本来の住人でない旅行者達はすでに別の場所に避難させた。今、マリオーゾの街は完全な無人── 何かあっても犠牲は最小限で済むはずだ。

(さあて、ここからが頑張りどころだな)

 聖父としての資格こそ有しているものの、実際は魔王復活を阻止する事を目的とされた第七の退魔師団、マリオーゾの最高司令官こそが本来の顔。

 ここに来るまではトップクラスの退魔師として各大陸を渡り歩いていたが、聖主教会の総本山があるせいもあるだろうが、イオス大陸では魔族出没率は他より低い。指揮官としても随分と久しぶりの実戦だ。

「フレイア、メリーを手助けしてやってくれるか?」

 戦闘開始を宣言した所で、リオーニは肩に止まった『相棒』へ尋ねかけた。

「エー? マア、イイケド……」

 渋々と言わんばかりのフレイアに、リオーニは真面目な顔で念押しした。

「頼むぞ。…俺が行きたい所だが、ここの奴等は実戦経験がない者が多いし、指揮官は必要だろう。それにこの場はメリーが行くのが適任だろうしな」

「リオーニ総統官、そのような気遣いは必要ありません」

 気の進まない様子のフレイアに対し、ディスティエルもそんな事を言い出す。

 元々、相性が良くない事がわかっているが、この非常事態にそんな事は言ってはいられない。リオーニは厳しい表情のままディスティエルとフレイアを見据えた。

「気遣いじゃない、メリー。これはこの場を任された大将としての判断だ。── 確かにお前は副総統だが、今まで人を指揮などした事はないだろう?」

「そ、それは、そうですが……」

 リオーニの指摘にディスティエルがぐっと詰まる。

「そして指揮をするのに武器はいらん。ならば、必要とする者が使うのは理に適っていると思わないか? フレイア」

「…思ウケド……」

 フレイアも悔しげに言葉を濁した。

 普段ならどちらかと言うと言い負かす側の二人が、リオーニに一方的にやり込められている。もし、この場にエミリオがいたならさぞ目を疑った事だろう。

「なら決まりだ。百年物の法陣でも足止めしていられるのは時間の問題…── つべこべ言わずにさっさと行け!!」

 最後の容赦ない一喝に、ディスティエルとフレイアは返事もそこそこに、追い立てられるようにマリオーゾの町へ向かって駆け出した。

 その背を見送ったリオーニは疲れたようにやれやれと肩を竦めると、すぐに表情を改める。

「総統! 西方に魔族の反応が!!」

「…やっぱり来たか。法陣がある間は近寄って来れないだろうが油断はするな」

 おそらく魔王目当てに魔族がここに押し寄せて来るだろうと予測はしていた。

 人がその復活を恐れているように、魔族は魔王復活を心底待ち続けていたはず。だが、やすやすと来させる心算は全くない。魔族に『魔王』を渡す訳には行かないのだ。

 正直に言えば、『魔王』が復活するのならそれはそれで構わない。不謹慎だとは思うが、それが今のリオーニの本音だった。

 実際、教会は魔族を討伐する使命を帯びてはいるものの、彼等を完全に撃ち滅ぼす事は認められていない。

 ── 『人』と『魔族』は表裏一体。お互いを映す鏡。

 人が完全な善人であれないのは、魔族が自らの影として存在しているからだという。そして影がなくなれば、人もいつか滅ぶ。何故なら人は完全である『神』ではないから。

 どちらも神の創造物。この世において、『魔族』は必要悪なのだ。もし魔王が復活するというのなら、それもまた必然だと言えるだろう。

(だが── チビが『魔王』になるのは認められない)

 このまま彼を魔族に奪われれば、もう二度と『エミリオ』という少年に会う事はない。それだけは確実だった。

 託宣が曖昧であった事もあり、教会本部でも今まで魔王復活がどのようにして行われるのか数多く議論されたが、流石に魔王が人間の子供として育てられる可能性までは考えが至っていなかった。

 『救世主』が何処の誰であったか謎に包まれているように、『魔王』がいかに誕生するのか誰も知らない。

 エミリオが攫われた事が判明した時も、エミリオ自身が魔王であるなど、リオーニもディスティエルも思っていなかった。

 攫われたのは魔王復活の『器』にする為── あくまでも被害者でしかないと考えたのだ。

 だからこそ、彼等はエミリオを取り戻す事に熱意を傾ける。

 リオーニもディスティエルも、フレイアも。そして彼を知るマリオーゾの住人達も。誰もがエミリオが無事に戻る事を望んでいた。

(…頼むぞ、メリー、フレイア)

 次々に飛び込む報告へ即座に指示を飛ばしながら、リオーニは祈るような気持ちで上空に縫い付けられた少年を見つめるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ