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魔王覚醒(1)

 ── 今、目の前のこの人は何と言った? 消える? マリオーゾが……?

 信じられない思いで目を向けるエミリオの前に、男がゆっくりとひざまずき、その顔を覗きこむように顔を近付けて来る。

「…な、なんだよ……っ」

「── 光の歴史は今日終わる。それに立ち会える事、闇の徒としてこの上ない僥倖ぎょうこうと存じますよ。我等が王よ」

「──…王?」

 相変わらず言っている事の意味はほとんどわからなかったが、その単語だけが妙に頭に引っ掛かった。

 そう言えば、彼等は初めて遭遇した時から自分をそう呼んでいた気がする。今までは彼等の言葉を真剣に受け止めていなかった事もあり、さして気にも留めていなかったが──。

 『王』という単語の意味は一つしか知らない。その国で一番偉い人、という事だ。

(…もしかして、オレ、何処かの王様だとか?)

 まさか、とは思うが、養い親であるディスティエルから、自分が魔族によって何処かからさらわれた来た子供である事は聞かされている。

 おそらく、この地上の何処かに本当の両親がいるだろう、という話も。

 気にならなかったと言えば嘘になる。だが、積極的に会いたいという気持ちは不思議と湧かなかった。

 物心つく前の話だし、平穏であると同時に何かしらと刺激の尽きないマリオーゾでの暮らしに満足している。

 ディスティエルやリオーニ、それにフレイア、マリオーゾの友人達。彼等がいれば、実の親がいなくても平気だとも思っていた。

 だけど──。

「何であんた達は、オレの事…『王』って呼ぶんだ?」

 だけど…もし、自分の血に連なる人が、いるのだとしたら。

「あんた達は、オレの何を知ってるんだよ……?」

 無関心で、いられるはずがない。

 ようやく彼等の言葉に対してまともに向き合ったエミリオに、周囲の魔族達はそれぞれに満足げな笑みを仮面の内で浮かべた。

 彼等は闇の徒。かつては人間を惑わし、恐怖で支配した生き物。

 外界の光が一切入らないこの闇の世界は、彼等の力を最大限に高める。その力は発する言葉にすらも常ならぬ力を与えた。

 ── 人を惑わせる、魔力を。


「全て知っておりますとも……」

「あなた様が何処で生まれたのかも」

「あなた様が何者かも──」

「我々はずっと、あなた様が生まれる日を待ち望んでおったのですから」


 囁きかけるその言葉は、本人でも意識していなかった『弱み』を的確に刺激する。

 口々に紡がれる言葉は、呪文のように少しずつエミリオの精神を蝕んでゆく。

 今までは戯言のようにしか聞こえていなかった言葉が、妙に現実味を帯びて聞こえた。

 しゅるりと、手首を戒められていたロープが解かれる。けれどもう、エミリオはそこから逃げようという意識が薄れていた。

「…知りたいでしょう?」

 止めのような問いかけ。

 ゆっくりと身を起こしたエミリオの目からは、いつの間にか先程まであった勢いの良さと輝きが消えていた。

「── …知りたい」

 やがて答えた声を切っ掛けに、彼等は今まで自らの姿を覆い隠していた布と仮面を取り払った。

 闇に浮かび上がるのは、数々の人間には有り得ない異形の影。

 けれどエミリオは、それを目の当たりにしても驚きはしなかった。怖いとも思わないままに、闇を透かして彼等をぼんやりと見つめる。


「あなたは我等の王」

「闇の眷属の頂点に立つ者」

「この世界を再び、闇に染める者」


 歌うように言葉が紡がれる度、身体の奥からまるで呼応するように何かがにじみ出してゆく。じわじわと、侵食して来る。これは、一体何だろう?

 それは決して不快ではなかった。むしろその逆── 快感すらももたらした。徐々に高揚してゆく感覚に対し、何故か意識は朦朧としてゆく。

「オレは…、『王』……?」

「ええ、王です。我等、魔の者を支配する魔王、それがあなた様の本来の姿。…我々はずっと、この日を待ち望んでいたのですよ」

「── 魔、王……?」

 それは何処かで聞いた単語だった。知っていると思った。誰かに話して聞かされた気もする。

 何だっただろう?

 誰が話してくれたんだった……?

 そんな風に疑問を感じたのは、一瞬のこと。すぐにエミリオは疑問を感じた事すらも忘れてしまう。

 何だかとても眠い。寝てしまえと、心の奥で誰かが囁いている。


 眠レ。眠ッテシマエ── 永遠ニ。


 くらりと眩暈を感じて、頭を押さえた。

「あ…、れ……?」

 平衡感覚が狂ったような感覚に包まれる。

 正面を見ているはずなのに違う場所を見ているような。地面に座り込んでいるはずなのに、身体が浮かび上がっているような──。

 何だか変だ── そんな風に思った瞬間、不意にざわりと背筋を悪寒が走った。それはすぐさま熱へと変わり、体中を駆け巡り始める。

「う、あ…あ、ああ……!?」

 それはまるで、炎のようで。


 ── キ エ ロ !


 身体の裡から放たれた暴力的な何かの奔流にエミリオは限界にまで目を見開く。

 その熱は、瞬く間にエミリオの意識を焼き尽くし、真っ黒な闇の中に飲み込んだ。

「うわあああああッ!!!」

 それはまさに絶叫。

 苦痛とも恐怖ともつかない叫び声を上げながら、小さなその身体から、周囲の闇を切り裂くような赤い光が放たれる。けれどもそれは、光でありながら何処か禍々しい。

「おお……」

「め、目覚めた……?」

「魔王……!!」

「魔王だ!!」

 魔族達の声に応えるようにゆらりと再び顔を持ち上げたそこに、もうかつての無邪気な笑顔はない。何かに取り憑かれたような瞳に、歪んだ笑みが浮かぶ。

 ── そして。


 ドン!!!


 突如激しい爆発音と共に、そこから火柱が上がった。

 近くにいた魔族すらも巻き込み、それは瞬時に地下水路の天井を突き破ると、やがて大地を切り裂いて天の高みにまで昇る。

 マリオーゾの空が、一瞬にして夕暮れ時のように赤く染まった。

 まだ宵の口── マリオーゾの町はまだ眠ってはいない。天を貫く火柱を目撃した人々から、驚愕の声と悲鳴が次々に上がる。

 火柱から火の粉が次から次へと周囲の建物に降り注ぎ、そこからまた火の手が上がった。やがてそれは、急に強まった風によりあっと言う間にマリオーゾ中に広まってゆく。


 ── それが、魔王復活の産声だった。


「魔、魔王……?」

「王……」

 一瞬にして大穴を開けた火柱の中央に立つエミリオに、恐る恐る魔族達が声をかける。

 確かに魔王としての覚醒は彼等の待ち望んだものだったが、このような派手なものを望んでいた訳ではなく。

 巻き添えを食っただけではなく、小さな身体から放たれる威圧感に彼等はその場に釘付けにされていた。

 計画は完璧だったはずだ。

 魔王の身の安全を確保する為にその身柄を捕獲し、可能ならば魔王としての力と意志を目覚めさせる。

 それでも駄目だったなら、マリオーゾの町を滅ぼす様を見せる事でその本質を思い出させるつもりだったが──。

「魔王よ、お気を確かに!!」

 必死に呼びかけるが、魔王は彼等の声に聞く耳を持たないように、うるさそうにその腕をなぎ払った。


 ザンッ!!!


「うわああああ!!」

「ぎゃあッ!!」

 うるさい蝿を追い払うような動作。しかしたったそれだけで、なぎ払った方向にいた魔族が吹き飛ばされる。来るとわかっても防げなかった。

 ── あまりにも力の差があり過ぎたのだ。

「どうする、このままでは我等も……!!」

「しかし、どうやって止めるのだ。相手は魔王だぞ…!?」

 流石に身の危険を感じ、魔族達もおろおろとうろたえ始める。

 魔王さえ復活すれば、何もかも良くなると思っていたのにどうだろう。むしろ、逆に滅ぼされてしまいそうな勢いではないか。

 確かに魔王覚醒に伴って今までになく力が満ち溢れてゆく感覚を彼等は感じていたが、それは現実を前に何の慰めにもならなかった。

 よく考えれば、彼等の頂点である魔王にそれよりも劣る力しか持たない彼等の歯が立つ訳がない。出来る事と言えば、魔王の力が及ばない場所を目指して、無力にも逃げ惑う事くらいだった。

「…くっ、退け! 今は退くのだ!!」

「魔王はどうするのだ!!」

「今はどうする事も出来んよ! 今の魔王様は己を失っておられる!」

「何と言う事かえ……!」

 そうこう言い合っている間にも、魔王は次の行動に移っていた。

 何処か焦点の定まらない目でぐるりと周囲を眺める。やがてその目は、先程自らが開けた天井への穴に向けられる。そこからは火柱によって赤く染まった空が見えた。

(…カエラナクチャ)

 もはや『エミリオ』としての意識はなくなっていたが、最後まで心に引っ掛かっていた事は断片として残っていた。

 ここは狭くて暗い。自分はどうして、こんな所にいるんだろう?

 ここは、違う。

 ここは── 自分の居場所じゃない……!!

「…魔王様!?」

 逃げながらも魔王の行動を目で追いかけていた魔族が、思わず声を上げる。

 燃え盛る火柱はまだそこにある。しかし、その中にいた小柄な姿が忽然と消え失せていた。

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