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エミリオ少年の受難(2)

 午後になり、いつものように雑用を片付けるべく出かけようとしたエミリオは、更なる異変に遭遇した。

 いつもは裏口の横の木の枝に止まり、出入りする度にギャーギャーと聞こえてくる声がなかったのだ。

 静かなのはいい事なのだが、いつもあるのがないのは妙に落ち着かないものである。変だな、とそちらに目を向けたエミリオは、見慣れたフレイアの赤い姿がない事に気付いた。

「ディス! 大変だ、フレイアがいない!!」

 慌てて取って返し、祈祷所へ向かおうとしていたディスティエルに報告すると、こちらはさして驚いた顔はせず、そうですか、と落ち着き払った答えが返って来た。

「そうですか、って…何でそんなに落ち着いていられるのさ!?」

 確かに毎度毎度、『チビ』やらいろいろと気に障る事を言ってくる鳥だが、彼女のような鳥がこのイオス大陸ではとても珍しく、場所によっては高額で取引されている事をエミリオも知っている。

 いくらイオス大陸でも南方に位置付けられるマリオーゾでも、フレイアが本来生まれた場所に比べれば寒い気候に違いなく。

 そうでなくても実際には室内、もしくは籠で飼うべきもので、いくら賢くて逃げたりしないとしても、ここのように外で放し飼いなどすべきではない鳥のはずなのだ。

 余所よりも信仰心の低い事もあり、他からの流れ者も多いマリオーゾである。

 なんだかんだと教会に一目を置いている元からの住人はともかく、そうした者の中には聖所に盗みに入るような罰当たりがいないとは限らないではないか。

「もしかしたら、今頃捕まって売られたりしてるかもしれないじゃないか!!」

 言いながら、籠の中で『タスケテー』と助けを求めるフレイアの姿を想像してしまい、エミリオの言葉に更に熱がこもる。

 だが、対照的にディスティエルはそこまで言ってもまったく動揺を見せなかった。

 思い返せば、ディスティエルとフレイアもあまり相性は良くはなく、どちらかというとフレイアがディスティエルを苦手にしている素振りを見せていた。

 正しくは、飼い主であるリオーニ以外は彼女と友好的な関係を築けていない、とも言う。

 だが、だからと言っていなくなって清々する、などという感情までは抱かない。

 ディスティエルが冷静なのはいつもの事だが、こんな時にまで落ち着いていなくたっていいではなかろうか? いくら鳥でも、仮にも今まで一緒にこの聖所で暮らした存在なのだ。

「何でそんなに落ち着いてるんだよ、ディス! 早く探さなきゃ……!!」

「そちらこそ落ち着きなさい、エミリオ。気持ちはわかりますが、心配は無用です」

「……え?」

 勢い込んだ所を足元からすくうような言葉に、エミリオの目が丸くなる。

 そんな様子に珍しく小さく笑い声を漏らすと、ディスティエルはもう一度言葉を繰り返した。

「心配は無用なのですよ、エミリオ。フレイアの行く先は大体予想がついていますから」

「え、ほ、本当に!?」

 よもやディスティエルからそんな言葉が出て来るとは思わず、彼女が嘘や冗談をつく性格ではないとわかっていつつも、つい確認を取ってしまう。

 そんな彼にはっきりと頷いてみせると、ディスティエルはけれど、と続けた。

「今は何処に行っているのか、教える事が出来ないのです」

「…何でさ」

 思わず声に不満が出る。

 心の中ではわかっているのだ。こういう風にディスティエルやリオーニが隠し事をする時は、教会的に何か重要な事柄に関わっているという事は。

 だが、教会と口うるさい派手な鳥というのは、どう組み合わせても不自然な気がしてならなかった。

「フレイアが教会に関係がある鳥だとか?」

 エミリオにとっては、ちょっと珍しい鳥でしかない。第一、フレイアはイオス大陸の生まれでもないのだ。そうではない、という答えを期待しての質問だったが、ディスティエルは真面目な顔のまま頷く。

「ええ、実は」

「……ええと」

 あまりにもあっさりと認められてしまい、返す言葉も咄嗟に出てこなかった。

「ですから心配しなくても良いのですよ。リオーニ聖父同様、フレイアもおそらく日没には戻ってきますよ、きっと」

 鳥目でしょうから、という言葉をぼんやりと聞きながらエミリオは渋々引き下がった。

「…まあ、ならいいんだけど…さ……」

 そこまで言われたら、それ以上突っ込んで聞く事も出来ない。

 追求を諦めて、気を取り直して再び買出しに行こうとするエミリオに、ディスティエルが声をかける。

「エミリオ、今日は出来るだけ早めに帰ってきなさい」

「え?」

 ディスティエルがそんな風にわざわざ言う事は珍しい。

 朝から続く珍事に首を傾げつつ振り返ると、ディスティエルは言葉以上に真面目な顔をしてエミリオを見つめていた。

「…ディス?」

「変な人達に絡まれていると言っていたでしょう? 今日はリオーニ聖父も不在ですから……」

「心配?」

「ええ」

「…うん、わかったよ。出来るだけ早めに帰る」

 どうもただの心配だけのようには思えなかったが、エミリオは素直に頷くに留めた。

 何かが裏で起こっている気がしてならない。けれど、教会の世話にはなっていても、今のエミリオはあくまでも『部外者』でしかないのだ。

 聖主教会に正式に入信している訳でもなく、聖女によって育てられたとは言え、教会との繋がりは皆無に等しい。そんな状況で、突っ込んだ事情はとても聞けなかった。

 このまま聖父などを目指さなければ、いずれこの聖所を出て一人立ちする事になる。二人も、エミリオに自分達と同じ道を勧めようとはしない。

 やりたい事をするのが一番── リオーニもディスティエルもそう言ってくれる。

 もっと子供だった時は、そんな一線を引くような態度を少し淋しく思ったものだけれど、道を押し付けない事が彼等の最大限の『養い親』としての愛情なのだと、今ではちゃんとわかっている。

 確かな事は、裏に何があろうと二人とも自分を案じてくれているということ。

 だから『早く帰るように』という言葉にも、何かちゃんとした意図があってのものに違いない。ならば守るだけだ。



 ── だが結局その日、エミリオは本来帰宅すべき日没の時刻になっても、聖所へ戻る事はなかった。


+ + +


 西の空が赤く染まる。まるで空が燃えているようだ。

 日没の鐘を鳴らした後、それを鐘楼から見下ろしていたリオーニは、ふと何かに気づいたように北の方へ顔を向けた。


 …バササ……ッ


 やがて力強く羽ばたく音が聞こえ、夕闇に紛れそうになりながら赤い鳥がこちらへ飛んでくるのが見えた。

 このイオス大陸では珍しい極彩色を纏うその鳥── フレイアは、迷う素振りもなくリオーニが差し伸べた腕に舞い降りる。

「ご苦労だった、フレイア」

 まるで人に対するように労いの言葉をかけると、フレイアはそのくちばしを開き──。

「本当ヨ、鳥ヅカイガ荒イワ…!」

 実に不機嫌そうに言い放った。

「ココカラ往復スルノ、ドレダケ大変カワカッテナイデショ!? トッテモ疲レルノヨ! イクラ緊急時ダカラッテ、一日デ戻レナンテアンマリヨ!!」

 ツンケンした物言いは、いつもエミリオに対しての言葉と違い、明確な意志が含まれている。明らかに覚えた言葉を繰り返しているのではなく、話しかけたリオーニと『会話』しているのだ。

 リオーニはその様子に驚いた様子を見せず、ただ苦笑いを浮かべるに留めた。

 フレイアとの付き合いは彼が十代の頃からだから結構長い。流石に彼女の気性は知り尽くしている。言いたい事を言う方だが、ちゃんと状況は認識しているはずだ。

 実際、文句を言うだけ言って少しはすっきりしたのか、フレイアは少し口調と態度を穏やかなものに変えると本題に入った。

「…上ノ許可ガ下リタワ。有事ノ際ハ、権限ヲ行使シテ良イソウヨ」

「ほう、もっとごねるかと思ったが」

 通常なら上申してから短くても一日は審議にかかる。フレイアには今日中に、とは言ったものの、いざとなったら許可を待たずに動く気でいた。

 その為に、今日はこの聖所を半日留守にして下準備をしてきたのだ。だが、こんなにも早く許可を下ろして来るとは、幸運ではあるが予想外だった。

 それだけ今の状況が危険視されているのか、それとも──。

「アタシモヨクワカラナイケド、イツモグチグチトウルサイ、アノヒゲ親父ガ不機嫌ソウダッタカラ、モット上ノ人ガ働キカケテクレタノカモヨ?」 

「…ヒゲ親父?」

 一体誰だろう、と『偉い人』達の姿をそれぞれ思い返す。

 髭を蓄えた人物は数名、その内で『いつもぐちぐちとうるさい』人物と言うと──。

「……。もしかしてフィヨル最高祀官じゃ……」

「アア、ウン。確カソンナ名前」

「お前、本人の前では絶対に言うなよ。焼き鳥にされて食われても知らないからな」

 思わずげんなりとなって忠告する。よりにもよって二番目に偉い人を『ヒゲ親父』呼ばわりするとは。

 煮ても焼いても食えなさそうなフレイアだが、フィヨル最高祀官ならばそれくらいやってしまうに違いない。

 それはともかく、フレイアの話が真実だとするとそれもまた少々問題がある気がする。フィヨル最高祀官より偉い人間となると一人しかいない。

 教会の奥、限られた人間しか入る事が許されない聖堂にこもり、聖主の『託宣』を受ける神子みこと呼ばれる人物がそれだ。

 だがその人には立場上、実質的な政治的権限がなく、こうした事に直接口を出して来る事自体、リオーニが知る限りでは今までになかった事だ。

 逆に言えば、それだけ今の状況は『危険』という事かもしれないが。

(神子に己の意志はないという話だったけどなあ……)

 聖主からの言葉を曲解なく受け入れるには、個があってはならない。人として不自然とは思いつつも、そのようなものなのだろうと漠然と思っていた。

 一体どういう基準で神子が選ばれるのかは知らないが、どうやらそれは建前だったようだ。…当然と言えば当然なのだろうが。

 今頃はさぞ、教会内部は騒ぎになっているに違いない。だが、ここから遠く離れた総本山の事は今はどうでも良い事だ。

 必要としていたものも手に入った。状況次第だが、すぐには用がない。

 リオーニは意識を切り替えると、今の状況を知らないフレイアに現時点での最大の問題を告げた。

「フレイア、どうやらチビが攫われたようだ」

「エエッ!!」

 案の定、フレイアは驚きの声を上げた。

 エミリオにとっては迷惑な話だろうが、フレイアはかなりエミリオを気に入っていて、だからこそちょっかいをかけていたのだ。

 今回はおそらくフレイアの助力も必要となるに違いないが、何処か気まぐれな所がある彼女もエミリオが絡むのなら率先して協力してくれるに違いない。

「── 助け出すぞ」

 同意を求めて言うと、フレイアはばさりと翼を広げて応える。

「当然ヨ! ヨクモヨクモ、アタシノ玩具ヲッ!!」

(……『お気に入り』以下?)

 鳥に玩具扱いされる少年に少々同情しつつ、リオーニは再び沈み行く太陽に目を戻した。階下ではディスティエルも準備に入っている。今回ばかりは彼女も黙ってはいられないだろう。

 …布陣は、整った。



 イオス大陸有数の港町マリオーゾに異変が起きるのは、これから数刻後の事である──。

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