第113094回魔族会議
リオーニとディスティエルが、何やら神妙に話している一方で、今夜も魔族達はマリオーゾの片隅に集い、会議を開いていた。
暗闇に溶け込むように身を寄せ合い、話し合うのはいつも通り。だが、今日は会議というには少々殺伐としていた。
「やっぱり失敗だったじゃないか!?」
「だから言わん事じゃない」
「それで…当のグリディエーディは? 姿が見えないようだが」
「『魔王様にあんな仕打ちをされたらもう生きてゆけない!』と言って、泣きながら故郷に帰ってしまったみたいです」
「おお…何という事だ」
「…狙った獲物は百発百中で陥落させる淫魔の女王も、流石に魔王相手では駄目だったか……」
「何が『人を堕落させる方法を試してみるのはどうだ』だ! どう責任を取られる気だ、老よ!!」
…などと、今回の計画を持ち出した魔族を口々に糾弾する。
対する老いた魔族は、しかし特に気にした様子もなく、軽く首を傾げた。
「ぬう…おかしいのう? 色仕掛けなら変な警戒心も抱かせないと思うたのだが」
「おかしいのう、じゃないだろう! 老の計画で、一人の前途ある魔族が自信喪失してしまったのだぞ!? どう責任を取られる気だ!!」
「だから最初から言っている!! 手ぬるいと!!」
実際には手ぬるい以前に、方法自体が間違っていたとしか言い様がないのだが、彼等にはその辺りの認識がなかった。
今の魔王の身体が人の子と変わらない状態だとはわかっているものの、その中身も同様に普通の十歳の子供に過ぎない事に気付いていないのだ。
何しろ、今の魔族の多くはかつて世を支配していた先代の『魔王』を直接知らない者ばかり。
新たな魔王が生まれ落ちたその時も、人の赤子にあまりにも近い事に疑問を感じはしても、積年の願いが叶った事ばかりを喜び、さしてそれを重要視してはいなかったのだ。
「やはり光の穢れが強すぎるのではないのか? いつまでも我等の『言葉』をまともに取り合って下さらないのはそのせいでは?」
元々、魔族の『言葉』は人の言語とは異なる。
人に近い容姿を持っているものは極限られた一部でしかなく、大半は異形そのものの姿だ。当然、声帯も言語を話すようには出来ていない者もいる。
そんな異形同士でも言葉が通じるのは、彼等が『魔族』という共通点を持っているからだ。
魔族の言葉は魔族の耳があって初めて、明確な意志疎通が可能な言語なのだ。人型に近い魔族は人語を話す事が可能だが、特殊な波長をもつそれは信仰心が高いほどまともな言葉に聞こえない。
逆に言えば、そうした特殊な言葉だからこそ、使い方によって人間に恐怖心を植え付けたり、幻惑したり堕落へ導いたりする事も可能なのだが。
「おのれ、教会め……!!」
「やはりこの町を滅ぼしてしまうべきではないのか? 邪魔な人間どもさえいなくなれば我等の言葉にも耳を傾けて下さるに違いない」
「ああ、幸いこの街には聖職者は二名しかいないようだ。増援さえ来なければさして難しい事ではないぞ」
「だが、魔王様に余波が及ぶ可能性が……」
「そんな事を言っている場合か!! 仮にも魔王だ、むしろ身の危険が及べば、否が応にも魔王として目覚めるのではないか!?」
「おお、なるほど……!」
目の前にいるにも関わらず、なかなか彼等の方へと傾かない魔王に、彼等は苛立ちを隠せなくなりつつあった。
世界中を探し回り、やっとの思いで魔王を見つけ出してから、もう十日は過ぎる。
昨日が新月で、彼等の力が最も高まる日だった。月が確かに姿を見せる、明日以降にはまた力が弱まってゆく。
事を起こすならば、明日の夜までがぎりぎりという所だろう。もしくはまた新月が巡ってくるまで待たねばならない。かつてはそんな必要がなかった事実が、また彼等を追い詰める。
今まで待っていられたのだから、一月二月くらいは待てそうなものだったが、流石に千年を越す長さになると、もはや待っていられないらしい。
「ええい、離せ! このような町、焼き尽くしてくれるッ!! 人間どもの恐怖や苦痛で、魔王としての本能を目覚めさせるのだ!!」
「早まるな! 火など使っては、王の身にも危険が及ぶだろう!!」
今にも血気逸った一部の魔族が飛び出してゆこうとする所を、周囲の魔族が何とか押し留める。しばらくあちらこちらでそんな押し問答が続く内に、一人の魔族がそうだ、と声を上げた。
「魔王様に危険が及ばなければ良いのだ!」
何を今更、という目が彼に集中する。
一瞬、その視線にたじろいだ彼は、しかしすぐに周囲にその思い付きを訴えた。
「同胞よ、この町を焼くのはしばし待つのだ!」
「待つのは構わんが…だが、もうまどろっこしい手段は面倒だぞ」
胡散臭そうなものを見る目を彼に向け、強硬派の魔族が呟く。すぐにその周辺でその言葉に賛同する声が上がった。
「訴えかけても駄目、誘惑も効かぬ── 本当に他に良い手でもあると言うのか?」
「ある」
きっぱりとした言葉に、おお、とどよめきの声が上がった。その声に勇気付けられたように、まだ若い魔族は自身の考えを述べた。
「要は、魔王様の御身に危害が及ばねば良いのだろう? なら、話は簡単だ。魔王様の身の安全を確保してから、この町が滅ぶ様を見て頂けば良かろう?」
「確保と言うが…どうやって」
「決まっている。── 少々乱暴な手だが、元々考えていた手段を使えばいいのでは?」
「!!」
その言葉にその場にいた魔族達ははっと目を見開く。
一度失敗した事もあり、また覚醒は自発的なものが望ましいだろうという一部の意見から使わなかった手段── それは確かに今の状況には適していた。
「そうか、そうすれば──」
「うむ、それなら魔王様の御身も安全だ」
「…決まりね」
ようやく意見の一致を見た彼等は、にたりと邪悪な笑みを交し合った。
今度こそ成功するに違いない。彼等の意気は一気に上昇する。
「── 見ているがいい、人間ども。明日は魔王復活の日だ……!!」
くぐもった魔族達の不気味な笑い声がマリオーゾの夜の闇に響き渡り、そして消えた。
+ + +
──…一方、その頃彼等の王は。
「…むにゃ、さ、酒は嫌だってば……! うーんうーん」
魔族達がそんな計画を話し合っているなどつゆ知らず、何だか良くない夢を見て魘されていた。