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プロローグ

 昔むかし、この世界は恐ろしい魔王によって支配されていました。

 その本質は、『悪』。

 世の正しいと言われるもの全てをその存在一つで否定する彼は非常に強大な力を有し、眷属けんぞくである魔族達を従え、あらゆる生き物をしいたげ、恐怖させました。

 

 ──魔王君臨せし、闇の時代。


 後の世にてそう語られる暗黒の時代は、あらゆる生き物の苦痛、悲哀を飲み込んで、いつまでも続くかに見えました。

 ……が。

 世の流れとは不思議なもの。

 希望など欠片もないと誰もが思っているようなそんな時代にありながら、それを良しとせず、立ち上がる者がいたのです。

 歴史にこそその名は残されてはいませんが、『勇者』や『救世主』などと呼ばれ、現在では神格化されて『聖主』として広く人々にあがめられている人物こそがそれです。

 当然ながら、その道のりは長く険しいものでした。

 数々の苦難を前に幾度も挫けそうになりながらも、彼は幾人かの仲間と共に魔王を目指したのです。

 ──それがどのようなものであったかは、語る必要はないでしょう。彼の働きにより、世界に平和と平穏がもたらされ、今日があるのは知っての通り。

 それはこの世界の誰もが一度は耳にする英雄譚。それから実に千年以上にも渡り、光の時代は続いています。

 もちろんその間に争い事がなかった訳でも、不幸がなくなった訳でもありませんでしたが、理由なく命を失う子供は減り、老齢まで生きる人の数は増えてゆきました。

 生活も比べようもない程に豊かになり、人々の顔には自然と笑顔が浮かぶようになっています。

 このまま日々が過ぎて行くのだと、人々は信じて疑いませんでした。

 確かに魔王が死した後にも魔族は滅びず、時としてその牙を向けてはきました。

 ですが魔王がいない今、彼等の力は当時の十分の一程のものよりも更に弱く、人の手でも十分対抗出来る存在に成り果てていました。

 何処にも今の平和を取り上げる事が出来る存在はいないのです。そして実際、そうなるはずでした。


 ──人が増えすぎなければ。


 人々は豊かになればなる程、努力を忘れ、自重を忘れ、快楽ばかりを追い求めるようになっていきました。

 それは決して悪い事ではなく、それまでの苦難の日々を考えれば自然の流れと言えるでしょう。

 ですがとどまる事を知らないその欲望は、世界の片隅に一度は失われたはずの闇を生み出し、時間がその闇を育てて行きました。

 人と人の心の隙間という目に見えない場所で生まれたそれは、誰にも知られずにゆっくりと成長して行きました。

 当然、中には愚かな人々の行いを正そうとする者もいましたが、その数は時が経つに連れ、次第に減って行きました。

 それはそうです。誰だって、楽な方がいいに決まっています。

 彼等もまた『人』だったのですから、そちらに傾いてしまう事を責める事は誰にも出来ない事でしょう。

 そして気が遠くなるような時を経て、凝り固まったその闇はついに形を取ったのです。

 それは一人の赤ん坊。

 人々の欲望を母として生まれたそれは、周囲に影響を与えるほどの力は持っていませんでしたが、魔王が倒された時から今まで、影に追いやられていた魔族にははっきりとその誕生がわかりました。

 何故ならそれは彼等の王。再びこの世界を彼等の元へ取り戻してくれる、魔王となるべき存在だったのですから。


 ──新たな『魔王』の誕生だ!!


 すぐさま世界中から魔族が集まり、それは歓喜をもって迎えられました。

 そして彼等の力によって、まだ確かな肉体を持っていなかったそれは、器となる肉体を得、この世の存在として生まれ出でたのです。

 魔族達は一刻でも早くかつてのような魔王へ成長を遂げさせなければ、と考えました。

 生まれたばかりの魔王は、人の欲望を元に生まれた為か、限りなく『人間』の赤ん坊に近い存在だったからです。

 光ではありませんが、完全な闇というにはあまりにも純粋。

 そこで彼等は話し合い、魔族よりも下等な魔物を生み出す『黒き母』の長に委ねる事にしました。

 黒き母は、魔族の中でも低俗な存在とされていましたが、闇の子を産む為に悪徳に満ちた人間を食べる事を特に好む種族。

 彼女達の身近にいるだけで、その無垢な身は血と恐怖、悪徳、その全てを知る事が出来る──そう考えたからです。

 残念ながら、絶えず魔物を産む身体故に黒き母はその場には一人もおらず、仕方なく一人の選ばれた魔族がもっとも闇の力が増す新月の晩に、魔王をつれて黒き母達のいる場所へと旅立ちました。


 ──それが、運命の分かれ道。


 その後、魔族達は今か今かと魔王覚醒を待っていましたが、どんなに待ってもそれらしき兆候もなく、魔王を連れて行った魔族の消息もまた、不明のままでした。

 一年が経ち、二年が経ち──五年が過ぎた頃。

 いくら何でもおかしいと、痺れを切らした魔族達は黒き母達の元へと押しかけ、魔王はどうしたと問い質しました。

 黒き母の長はふくらんだ腹を撫でながら小首を傾げました。そして答えたのです……誰もが予想していなかった答えを。



「まおう……。何ソレ? アタシ知らないわぁ、そんなの」



 その問題発言により、魔族達はようやくとんでもない事態が起こっていた事を知ったのです。


 ──我々を導いて下さるはずの魔王が行方不明!?


 しかも、五年間もの長い間です。

 迂闊うかつと言えば迂闊ですが、それを悔いた所で何かが変わるわけではありません。

 彼等は世界中に散らばる眷属という眷属を動員して、魔王探索を始めました。

 仮にも魔王となる者です。

 生まれた時ですらすぐにわかったように、五年経ってもまたすぐに見つかると思っていました。

 いくら『人』に近かろうと、その本質は『悪』のはず。仮に人に紛れていようとすぐにわかるに違いない、と。

 しかし、やがて彼等はその認識が甘かった事を思い知る事になりました。

 彼等は結局それから更に五年もの月日に渡り、魔王を見つけ出す事が出来なかったのです。

 これも仕方がないと言えば、仕方がない事でした。むしろ、見つけ出せた事が幸運だったとも言えるでしょう。

 というのも、魔王がいたのは彼等の盲点中の盲点とも言える場所だったのですから──。

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