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第9話. ゴブリン族の希望

 ──ゴブリンの商人 ペルッチョがヴェスパによる教会への襲撃に備えるために出した提案。


 それは教会の祭壇に燃える武器"銀の焔"から火種をわけ、瘴気の薄い他の比較的安全な場所に移す。

 そうすることでここが戦場になり、万が一この教会から焔が消えても、この国はヴェスパと戦い続けることができる。

 まずは、何がなんでもこの焔を完全に失わないことが優先されるだろう。


 しかし……この提案、“火種を移す”、というところまでは良い。


 ただ、その場所がゴブリンの住処となれば、そこからは、その後は彼らにとって安全な道とは言い難い。

 万が一、何かの拍子で所在がヤツらにバレれば、タダでは済まない……。


 上位種のヴェスパには、下級の兵を指揮する知能が高い個体がおり、もしもそいつらにバレれば、潰しにかかるだろう


「ペルッチョ……本当に大丈夫………なのか?」


 流石に心配だ。人の不確定要素は計り知れない。シーネも心配そうな顔をしている。

 ゴブリンと、人間を滅ぼそうとしているヴェスパ、もしも戦争になれば結果は目に見えている。


 俺の問いに対し、ペルッチョは揚々と応えた。

「お気になさらず!既に我々で十分話し合ったコトです。このままでは、流れに身を任せているだけではヤツらハエの魔物にヒトも我々ゴブリンも諸共滅ぼされてしまいます」


「……」

 違いない。


「ですが、ヒトも我々ゴブリンも、アストリアの危機を願いのチカラで乗り越えてきました………古来から、何度もです。手を組み強く願い続ければ、その願い、意志はきっと届き、叶う。必要なのは皆が顔を上げ、一丸となる純粋な思いです。もしヤツらに打ち勝てる方法があるとすれば、それが唯一だと、ワタシは思うのです」

 彼の言葉と瞳に、曇りはない。


「そう・・・だな。皆に感謝せねば」

「ペルッチョさん・・・!」


 それは純粋で、単純で、果てしない道のり。困難にさせてしまっているのは、主に人間のほうだ。


 彼はゴブリン族ではあるが、一流の商人だけあってガルフィス王国、そしてアストリアの歴史にはとても詳しい。

 下手をしたら王立図書館の司書にも並ぶだろう。


 ヒトとゴブリンとが一丸となり純粋な思いで、手を取り合い、願う。


 そう単純な話ではないのは、十分理解した上での言葉だろう…

 人が正義の名のもとに一方的にゴブリンを傷つけていた時代もあった上での決意……。

 きっとヒトを憎んでやまないゴブリンだって、巣には数知れずいるだろう。

 それでも俺たち人間との新たなる関係の構築を信じ抜くと、彼は言ってくれている。


 "相手に気持ちを伝える魔法"——


 ふと、王女スティア様がしきりに俺たちに言っていた、そんな言葉を思い出した。

 それは、魔導士ではなくても、誰でも使える。

 自身が持つ心の底からの想いを真っすぐに相手に伝えることで、効果を発揮し、言葉によってそれはより強くなる。

 今でこそ、その存在は当たり前すぎて、魔法とすら認識されなくなっているようだが。

 ………俺も含めて、皆うまく使いこなせてはいない。


 彼の、いや"彼ら"の熱い想いに、応えないわけにはいかないだろう。


 奴らと戦い、再び王女様を眠りから覚ますには、ここに立ち込める淀んだ雰囲気(マナ)を・・・瘴気を吹き飛ばさなくては。


「・・・行こう」

「急げば間に合います・・・きっと」


 "白百合のランタン"——


 それは、戦闘時でも邪魔にならない設計の、携帯用のランタン。

 銀の焔を火種として移し、保管することが可能だ。


 これは魔法道具の一種。

 通常の道具では移すことは叶わず、こういった特別な道具がいる。

 魔法に適性がない者でも道具として使用が可能な、"魔法道具"と呼ばれるものがこの世界にはあり、例えば洗練されたものでは、仲間同士で通話や文字で連絡を取り合うことのできる通信端末なんかも魔法道具だ。尚、この瘴気の下では、精密な魔法道具は通信が乱れ、うまく仲間たちと連絡を取り合うことができなくなってしまっている・・・。相当に近づけばなんとかなるかもしれないが。


 この"白百合のランタン"は、銀の焔を持ち運ぶための専用の道具だ。

 騎士の仲間たちはこれを持っている——が、瘴気が濃いところに行けば、消えてしまう。

 分け与えるたびに出力は弱まり、無制限に拡散することはできない。


 ただ、先程の弱々しさから、立ち直りつつあるこの焔、俺が掬い取ってほかの場所に移すくらいは可能だろう。


 ——火種をランタンに移し終えた。

 元の焔は幾分か弱まってしまったが、まだ消えずに耐えている。


「こちらへ」


 俺たちはゴブリンの商人に案内される。


 ——アルゴーン教会、祭壇の"裏"——


 それは、通常立ち入ることは許されない、禁じられた空間………。

 だが、今は非常時だ


 ペルッチョが刺繍の施された掛布をめくり、何かを握り、引きおろす。


 "ガコン——"


 そこには・・・地下への通路が続いている。

 これはゴブリンが組んだものではなく、もともとガルフィスの王国の手により人が設計したものだ。


 といっても、使われていたのは大昔のこと。

 長く使われた暗黒時代、そして戦時中に避難経路として機能し、町の各所に繋がっている。………だが、この国の暗い場所は基本的に治安が悪く、ゴロツキや強盗が居座るため閉ざされていた。


 そしていつしか、人間すら立ち入らなくなった——


 無機質な階段は、途中から手作り感あふれる木の梁で補強され、所々に明かりが灯っている。

 入り組んだ迷宮のような内部を右へ左へテンポ良く案内される。

(この場所は、こうも入り組んではいなかったハズだ。掘り進めたな?いつの間に……)

 やがて俺たちは開けた空間に出る。


「うわ~~!」

「なっ!?……ガルフィスの地下に……こんな場所が!!」


 "マーケット"——!

 色とりどりの露店が立ち並び、様々な服装、沢山のゴブリンが行き交っている………!

 町の地下は、ゴブリンの都市と化していた。こうなってから、俺が実際に訪れるのは初めてだ。

 なんとなくだが……団長はここがこうなっていることを知っていたに違いない。

 だけど、討伐命令はわざわざ出さない。それは暗黒時代を繰り返すのと同じだ。

 きっと、ここは静かに守られてきた。


 そして、なんだか香ばしい香りがする。

「ここで焼かれたパンを、よくとどけてもらってるの」

「ゴブリンが焼いたパンか……なかなかいいサービスだな」

「フフフ、あのビストランドで長年修行を積んだ職人によるものです!」

 "ビストランド"。そこは、アストリア13国の1国。料理には意思の力が宿り、優れた調理品はそれ自体が魔法として機能する。それは一つの"相手に気持ちを伝える魔法"だ。そんな料理を手掛ける達人たちが集まり腕を競い合う国。

 ——ただし、今はヴェスパによる進行を受けてはいるが。食い物とはいえ、あそこは競争が激しく、半端者には厳しいと聞く。

 ・・・そこで修行したゴブリンがこんなところに住んでいるとは。


(急いでいる身でいなければ、興味があるところだが)


「ヤツらが片付けば、"配送サービス"を本気で展開していく予定です。さぁ、急ぎますよ………!」


 牢屋が太いワイヤーで吊るされ、更に下に降りられるようになっている。

 それに乗り、どんどん下る。彼らゴブリンは、必要とするものがなければ造ってしまう。居住空間堀り、拡張しているようだ。


 最早違う世界に来たのではないかと錯覚するような、入り組んだダンジョンの様な地をどんどんと進み、そして、たどり着く。

 ダンジョンそのもので、案内がなければ、ここまで容易にはたどり着けなさそうだ。


「ここは………」


 先程の開けた空間とは異なる、比較的小さな空間。

 そこに居たのはゴブリンの………子供達だ。


(間違いない。ここは、この町で瘴気が最も薄い)

「家内です……!」

 ペルッチョは微笑んで見せ、家族を紹介して見せる。


「わっ、奥さんとっても美人!子供達も目がくりくりして可愛い〜〜っ!!!」

「でしょう?」

(魔物の家族とあっという間に打ち解けあっている。これもシーネの以外な一面か)


 ……明日を生きることすら難しい。壊れかけたアストリアにおいて子育ては容易ではない。

 それを彼は逞しく、大黒柱とし支え、俺たちと共に戦い、未来へと繋ごうとしている。

 これは、間違いなく信頼の証だ。

 銀の焔にとって、最大の効果。そして、彼らにとって最大のリスク。


 ──裏切るわけには、いかない。火種を移しながら俺は誓った。


 ふと、一匹のゴブリンが現れた。


 そして、ペルッチョに耳打ちする。


「……いよいよヤツらが来るようです」

「!!」

 教会に、奴らが、来る……!


「戻りましょう、今ならギリギリ間に合います……案内いたします!」

AI非使用

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