第8話. ゴブリン商人 ペルッチョ
迂闊だった。
俺自身、屋外や背後の気配には十分に気を払っていたつもりである。
が、そいつはもともと屋内に忍び込んでいて、どうやら姿や気配をうまいこと隠していたようだ。
こんな芸当は生身では不可能。そして付け焼き刃の技術ではできない。
特別な道具、あるいは能力を使って、なおかつ戦場の歩き方、生き残り方を知っているヤツだ。
上方の梁からぶら下がるようにして姿を表したその者・・・。
そいつは、小さな体にぎょろりとした目玉、大きな鼻と耳。所々にポケットのついた、道具の沢山入りそうな、商人風の衣装に鞄。そしてふんわりもこもこしたウールのつばつき帽子……一本の立派なツノが貫き突き出している。
ヴェスパでも、そして人間でもない存在。
かつてはありふれていた身近な魔物、ゴブリンだ。
彼らの日常はサバイバル。世を生き抜くための様々な道具の扱い、そして知恵に長けている。何か特別な道具で気づかれないようにしていたのだろう。
「シ~ッ——、失礼いたします。今しがた、そちらへ参りますゆえ……」
彼はぶら下りながら長い人差し指を口元に当て、『静かに』の合図をする。
『静かに』ったって、フツーなら絶叫する。
……彼を知らなければ。
流石に一瞬肝を冷やしたが、どうやら戦闘の心配はなさそうだ。
こいつは、魔物ではあるが、戦って奪い合ったり争うとか、そういうヤツじゃない。むしろガルフィスの暗黒時代、人間の方が彼らの住処を奪ってきた過去もある。
「ペルッチョさん……!」
シーネは静かに、顔見知りの親しい者に再会できた嬉しさを表現するかのようにその者の名を呼んでみせる。
(シーネは、彼と知り合いなのか)
"この魔物"の顔が広いのはよく知っている。
が、シーネともつながりがあったとは、以外だった。
いや、むしろこういうヤツは、複雑な事情のある人物と影で繋がりをもつのが得意なのかもしれない。
「ご機嫌よう、お得意様がた。ゴブリン商店ガルフィス城前出張所のペルッチョにございます」
足元に降りてきて深々と頭を下げ、俺たちもそれに応える。
彼は"ペルッチョ"。
ゴブリン族の中でも極めて希少な、魔法に適性のあると言われる“角付きゴブリン”。そして、やり手の商人だ。
彼は人間ではない代わりに、"魔物である”という自身の特権を最大限に活用している。
すなわち、俺たち人間にまとわりつく厄介なしがらみの外にいる。
そういう意味では、シーネは身分を気にせず接することができる相手ということでもある。きっと相性はいいだろう。
……暗がりの信用ならない人間よりかは、ずっと。
その商売根性は、半端な商人の追随を許さない。
騎士にも彼の商品を頼りにしているものは多く、希少な薬草や火薬なんかの消耗品。特に調理や調合に必要な様々なハーブ、きのこ類は定評だ。彼らは栽培の難しい珍しい植物や真菌類を育てる達人だと言える。勿論騎士以外にも重宝されている。特定の分野に詳しい、ということはそれだけで頼もしい。
そして、特に最近はヴェスパが現れてからは戦場にあちこち転がっている"レアな武器や装備"を皆欲しており、ゴブリンが拾ってくれていたりもする。
昔は国によって魔物としてただ討伐するだけだった時代もあったが、今やヴェスパが現れてから新たな需要が生まれている。現状はビジネスライクな付き合いではあるだろうが、新たな友好関係が改めて構築されはじめているのだ。
……俺はというと、特別頻繁に利用したり親しいわけではないが、彼の提供する武器の手入れ用の消耗品にはそれなりに世話になってきている。
もっとも、今でこそ丹念に手入れしてきた武器は、ヤツらの装甲に打ち勝てず見事に折れてしまったのだが……。
「いやはや、驚かせてしまい申し訳ありませぬ。シーネ様……その身がご無事で何より!このような大変な時でこそ、その表情がお似合いです」
「な〜にいってるの!ほんとにペルッチョさんったら」
「ホッホッホ!”お得意様“が健やかである事。それが純粋なワタクシの願いです」
(……何しにきたんだコイツは)
「そして騎士オルサス様も……大変、でしたね」
「……ああ」
(流石に情報が早いな)
ゴブリンは、至る所にいて、その情報網は半端ではない。
アストリアを滅ぼしかけた数々の苦難を乗り越えてきたのは人間だけじゃ無く、彼らも同じ。今や表向きにこそゴブリンのを目にすることは減ったが、ヴェスパが跋扈する今も、きっとヤツらの目をうまいこと避けながら活動している。
「ペルッチョ、会えたのは光栄だが、しかし商人様にしては行儀が悪いんじゃないか?」
上で何かを探っていたのだろうか?
……正直言って、今は死角から何かが訪れるのは、心臓に悪い。
「重ねて失敬致しました。ちと屋根から辺りの様子をうかがっておりまして——」
「様子……」
ヴェスパの、だろう…
「もうじき、奴らが来ます。この教会へ……!」
「!!」
「ウワサでは、部隊を編成し、準備を進めているようです。準備が整い次第、こちらへ訪れるでしょう」
ゴブリンの情報網を存分に活かした諜報力……。彼は魔法に対する適性がある。
ペルッチョの意志は、人間にはなくゴブリンが持つ最大の武器“自由“。
“自由なる意志“は風の魔法の使い手だ。
大気を味方につける故に、風の魔法の使い手はとんでもなく地獄耳なのだ。それに加えて多数の仲間が各所に潜伏している。
……そしてこれは身を挺して得ている情報だ。彼らも戦おうとしている、ということか。
標的は、この銀の焔だろう。
(そうなると……)
「まずいな……ここで戦うわけにはいかない」
ここで戦闘になってしまうと、これから先、この国のみんながヴェスパと戦うのに必要な銀の焔が守ることができない。
その性質は通常の炎とは違い、意思の力によってのみ制御が可能だ。普通の炎が消えないように守るのとは違って、これはその場の雰囲気で強くなったり弱くなったりする。そのため、負の感情がこの場所にこれ以上立ち込めると、焔は消えてしまう。
(一つ、思い浮かびはするが……問題はその後だ)
「オルサス様、提案がございます」
「なんだ?」
「焔の火種を、我々の住処の最奥へ移してくださいまし」
(・・・どこへ、と俺の方でも考えてはいたが。覚悟しているのか・・・)
彼は真っ直ぐに、力強くそう言った。『既に覚悟はできている』とでもいうかのように。
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