第6話. シーネのお願い
「な!その女は、大人だよな!?大人のレディなのか!?ソコだいじだぞオマエ!」
エルムジャックは報告するローブのヴェスパの肩をつかみ揺さぶりながら気ままに、無邪気に目を輝かせ問いかける。
「落ち着いてください!どちらかと言えば幼いように思えましたが、見ようによっては大人のようにも見えますし……実際の年齢は親密になってから本人に聞くのが──」
「え〜!?わかんねーのかよ」
がっくし、と彼は項垂れてみせ、顎に手をやり、ふと空を見上げた。曇り夜空。しかし分厚い雲の間の狭い隙間からは確かに星がきらめき瞬いている。
「仲良く……ね」
「はい……あなた様であればきっ──」
その声は再び遮られる。
「オレさァ、“初対面”ってニガテなんだよね」
「相手の自己紹介が長い子とかだとイライラしちゃってさ、聞けねーんだよ最後まで」
(一応自覚はありなさるのか……)
肩をすくめ、困り顔のエルムジャック。兵士たちは返答に困っているのか顔を見合わせている。
──そして、彼は吹っ切れたように腕を上げ背筋を伸ばし、空を見上げる。
「ま、関係ねーか!」
そして眼下の城下町を見下ろし、彼は不敵に微笑む。
「ジャマな関係性を“ぶった斬る”のは、オレの得意分野だ」
その様は無邪気でもあり──しかし、その目は冷徹だった。
「ウチの兵を斬った奴と女の子は今ドコ?」
「……教会にいる様です」
城下町の中で灯りが灯る建物は、多くはない……しかし残った灯りのある建物の中でも一際高さがあり、象徴的なステンドグラスと魔除けとして信じられてきた魔獣の彫刻を各所に備える建造物を、彼らは見下ろす。
「……教会ね……」
そこにあるものを、ヴェスパにとって不利となるものが大事に祀られていることを、彼らは知っている。
「おい」
「あの中にある焔を、消せ」
先ほどまでとの無邪気で朗らかな様子とは一変し、エルムジャックの眼は鋭く、そして冷たく言い放った。
「……!」
「ぎ、犠牲が出ます!下級兵だけでは!奴らの武器は──」
「行けよ」
「兵と準備の時間さえ下されば!あるいは貴方様が出向──」
“ガッッ──”
言いかけた言葉。それを断ち切ったのは言葉ではなかった。
鋭利な何かを勢いよく打ちつけた様な音が辺りに響いた後、“ぼとり”、とその者の首が落ちる。からん、と杖が倒れ、残された体は力を失い“どさり”と崩れ落ちた。
それを行った者は、転がり落ちた頭部を踏みつけ、そして吐き捨てるように言った。
「……さっきから誰に命令しようとしてんのオマエ」
「行け」
兵士たちは次々と、速やかにその場を後にした。
「おい!」
そして、エルムジャックと亡骸を除き、この場にただ1人残った者に彼はぶっきらぼうに声をかける。
「ひっ……」
隅で怯える、小柄な中年、人間の男──。貴族の衣装に身を包み、どうやら社会的な位のある者の様だ。そしてその首元には、輪が付けられている。エルムジャックはその男の脇腹を蹴り上げた。
「……お前も働けよ」
「わ、わ、わたしはどうすれば……」
「あ?さっきの話聞いてなかったのか?それとも、もう用済みでいいのかオマエは」
「ひっ……はぁ……あああ!!」
貴族の中年男は必死の形相で立ち上がると、駆け出し、逃げる様にして屋内へと身を移した。
「ちっ……!あの眼……!人間は信用ならネェ」
──
アルゴーン教会──
静かな教会の中、銀の焔のお陰で、俺たちはどうやらひとしきり暖まった。シーネは、こちらへ身体を向けると、拳を握りしめ、こちらへ告げる。
「お願いが、あるの」
「お願い?」
彼女はは村娘の衣装のスカートをギュッと握るその様は、勇気を出そうとしているようにも見える。
「私は……ずっと家にいて……外に出ることがほとんど出来なかったの」
(箱入り娘……か。無理もない、この国、そしてこの町、この事情では……)
「お兄ちゃんを“支える”のが私の全てだった。でも……知らせを受けて……」
「……」
「『こんな結末おかしい、間違っている』、って思ったの。あれだけ人のために全てを尽くして頑張ってきたお兄ちゃんがどうして……って……」
「何でもできる神様がもしこの世界にいるのなら、物凄く頑張ってきた人に対してどうしてこんなことするのって、今も受け入れられない……」
彼女は目尻に涙を浮かべている。
「シーネ……」
「だから、敵を討ってほしい。騎士団の2番目の……いや、今の1番目になった、あなたに」
………2番といったって、それは訓練用バトルでの話だ。アストリアでは相手を傷つけない形での"マッチング"バトルができ、騎士団にはその成績に応じた順位がつけられている。団長と俺の間には埋まりようのない大きな差があり、時間と共に開き続けていた。
そして騎士団自体が現在散りじりになっている。
——それに………。
「敵討ち……か」
涙を浮かべながらもシーネは力強い表情で俺の瞳を射抜くように見つめる。そこには強い決意……“揺るぎない意思”を感じとれる。
争いの道。それはポジティブな理由では、ないかもしれない
しかし、戦わなければやられてしまう。
そして、奪われる。最後に残ったものも、何もかも。
……このまま一方的にやられるよりかはいいか。
きっと、彼女にとっての活力にはなるだろう。魔導士の力は、その個人が得意とする意思の力が強まるほど、より強力な能力を発揮でき、新しい能力の習得にもつながる。良い循環の兆し、それが皆に伝われば、正気を飛ばす手立てにつながるかもしれない。
この子の能力があれば、俺はヤツらと戦える。
だが戦闘のプロではない……どころか家にずっといた箱入り娘だ。隙も多い……俺は正直不安だ。
そして、1番の問題──団長を殺したあの化け物のコト……彼女にあの姿を見せるわけにはいかないだろう。
怪訝な顔をしていると、不安に思う俺の気持ちを汲み取ったのか、彼女は語気を強め、俺に真っ直ぐ訴えかけてきた。
「……!私を甘くみないでください!」
戦闘経験は少なくとも、魔導士は気持ちを読み取るプロだ。俺の感情は読み取られている。
「お兄ちゃんを支えてきたのは、何を隠そう、私なんです!」
シーネは胸に手を当て自慢げな、誇らしい顔をしてみせる。
(なんだと……?)
……いや、そこまでおかしくも無いか。
この武器“ドラゴニス”の重さは異常だ。およそ人に扱えるものとは思えない……とずっと思っていたが、陰ながら支え続けていた者がいた。それがシーネだった。そう言いたいのか。
彼女は自身の力量を疑われたことに少し腹を立てている様だ。
……気づけば言葉づかいもやや距離のあるものになっている様な……。
魔導士は、”疑ってかかられる“とかそういう感情にも、とても敏感だ。気をつけよう……。
「私の能力、見ててください」
シーネは自身ありげに、俺に訴えかける様な顔でこちらを見ると、祭壇に無造作に散らばったコインを手にしてみせる。そしてもう片方の手では、血の色の宝石の様に輝く紐が絡まり、宙に浮かぶ結晶に手繰り寄せられ、それを指で編み始めた。
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