第5話. 鑿(のみ)と羅針盤
ガルフィス城 ──
既に日は落ち、ガルフィスの町並みは霧に包まれ、曇り夜空の月明かりが鈍く照らしていた。
その城、遠目で観察すると、まるで白き竜の背を彷彿とさせるような山岳の上に築かれる。
その建築の外観は空の海に向かうような、反り返った巨大な船体を模しており、更にその上には塔が天高くにそびえている。
その塔の上方から、城下町と眼下にみえる山岳から麓………そして遠くに広がる海を眺める者の姿があった。
「ふん、景色と味はまーまーだな」
その者は、赤き酒の注がれたワイングラスを片手に城下の町を見下ろしながら呟く。
厚手で隅々に刺繡が施された貴族風の防寒衣装に身を包む、細身に長身のシルエット。そして、ふわりと風になびく髪、白い肌に高い鼻、彫刻のような端正な顔立ち………一見するとそれは若き青年の姿をしていた。
しかし、その頭部と背には一対の触角、そして虫の翅を有している。彼は"それ"さえなければ眉目秀麗な人間の青年の容姿に見分けはつかないようにもみえる、人ならざる存在であった。
その名はエルムジャック。その表情はどうにも不満げだ。
そして周囲には大小の様々なヒトの骨格をもつ蠅の魔物がずらりと並んでいる。
「しっかし、寒すぎるんだよな〜ここ」
エルムジャックが横目でちらりと魔物に目をやる。
「……はい、ここはアストリアでも特に最北で太陽が──」
「しかも、くっれー街。何このオバケでも出そうな雰囲気。人間ってこういうのが好きなワケ?趣味わりーよな、こんなんじゃ女の子とデートもできね〜よ」
ヒト型の蠅の魔物、ヴェスパの一体が言葉を返すが、エルムジャックはその言葉を断ち切るように遮る。
ヴェスパの一体はそれに返した。
「……はい、聞くところによると、この人間どもの町は、もともと──」
「やっぱさ、もっと明るくって楽しいとこがいいよな!」
(エルムジャック様……話を……きいてください!)
「邪魔な男は全員ぶっ殺して、可愛い女の子連れてきてムードもイイカンジにしてさ!」
「な、ピクシスちゃんもそう思うだろ?楽しー方がイイよなあ?」
エルムジャックは抑揚を上げ見上げる。そこには長い脚を組み塀に腰掛けた、純白のフードマントに身を包んだうら若き女性が大判の書物を持ち、それをまじまじと見つめている。深く被ったフードにより顔はよく見えないが、たおやかな黒い前髪がさらりと風になびく。
「……」
ピクシスと呼ばれた女性はぺらりとページをめくると、ずらりと逞しい男の顔が並ぶ。ガルフィスの騎士団の面々のようだ。
(エルムジャック様が完全に無視されている!)
「──んでいないの?人間の王女様は」
彼はふと振り返り、後方のヴェスパの兵士に訴えかけるようなそぶりをみせた。兵士は困ったように顔を見合わせる。
——すると、屋内から、一体のヴェスパが駆け込んでくるようにその場を訪れる。
その個体は周囲の者よりかは幾分か小柄で、杖を持ち、古ぼけた暗褐色のローブに身を包んでいる。
「ご報告に御座います………!」
「言え」
「王女が見当たりません……全く………!」
「なんそれ、オマエが使えねっつー報告か?」
エルムジャックは彼を見下ろし、面倒くさそうな顔に眉間にしわを寄せ、その表情はみるみる不機嫌になる。
「外に出た様子も誰も目撃しておりません。奴らが消えた最奥への道も見当たらず、どうやら城の構造が変わっている様です。恐らく──」
「おいおい、出てねえんなら人間が消えるわけねーだろ。ぜってーいるって!……地下だよ地下!ちゃんと探せ!」
言葉を断ち切るようにエルムジャックは遮る。いら立つような声色で言葉を重ねた後、情報で書物のページを捲るピクシスに目をやる。
「な〜、ピクシスちゃん。《《オマエ》》の“能力”でなんとかならない?」
「……」
「王女様をさぁ、こう《《サクッと》》見つけてよ。あの子、《《目元が可愛い》》んだよね。宝石の様なあの《《情熱的な瞳も綺麗》》だけど……!《《あの子の名前》》なんていったっけ、ねぇ覚えてない?」
「……」
返事はなく、ページを捲るピクシスの手が止まった。
「……聞いてる?ピクシスさん……ヴェスパの話きこーよ!」
「……」
彼女の視線はただ1人のガルフィス騎士に注がれている。
「……なあ!おい!!」
「よしっ」
ピクシスは書物をパタンと閉じると、純白のフードマントを翻し、塀から飛び降り"とん"、と着地する。その反動、フードからは麗しき顔と放射状の星の様な金の瞳、そして触角がちらりとのぞく。彼女もまた、人ならざる者だった。
そしてエルムジャックの視線をすっと横切り速やかに屋内へと消えていった。
「んだよあの女!!頼みの一つくらい聞いてくれたっていいよなぁ!?何も悪いことしてねーだろ?ひっでぇなあ」
(……我々にはよくわからないが……ピクシス様がお気の毒のような気がする)
兵士たちはただ沈黙した。
「もう一つご報告が御座います」
古ぼけた暗褐色のローブが告げる。
「あ?」
「散った"奴ら"………人間の騎士の1人に、下級兵を斬られました」
「おい、腹立つ報告ばっかだな。死に損ないの人間の癖によ。男なら囲んでさっさと殺せよ」
「奴らは手練れの様です。一人は"墓石の様な男"。もう1人は、恐らく特別な血の人間の女で——」
「お・ん・な!!??」
突如別人のような声色で遮り、叫ぶ。
不満げだったエルムジャックの表情、そして瞳は一瞬で少年のように輝き様変わりした。
「《《特別な血の女》》……つったのか今!?」
エルムジャックの問いかけに対し、ローブのヴェスパはこくりと頷いた。
AI非使用




