第10話. 伝えるべきか、伝えないべきか
「はぐれないよう、お気を付けくださいまし……」
地上に至るまでの、複雑なる道のり。
方向といえば地上の上方を目指す。——のではあるが、その道中では一旦下る道であったり、知っていなければ思わず進んでしまいそうな大きく開けた道………は進まずに、目立たず隠れた小脇の道を抜けるなど、帰りは帰りで、やはり彼の案内が必須だ。
そのペースたるや、疾い。
ダンジョンを吹き抜ける風の様な身のこなしである。
「オルサスさん、はぐれたりしないでくださいね!」
意外としっかりした足取りのシーネ。なかなか体力があるのか、実はこっそり能力を使っていたりするのだろうか?
むしろ心配なのはこっちではあるのだが………。
吊るされた檻の部屋に乗り込み、上方へと運ばれる。
その最中——
「今のうちに、これを渡しておきましょう。必要なものです」
ペルッチョが語り掛け、こちらに何やらみっちり詰め込まれた麻袋を渡してくる。
(これは……)
”ゴブリンウォーター“
彼らが住居として広げる、地下や洞窟。から染み出る湧き水のうち厳選されたものを浄水した、質の保証された水。
今となってはとても貴重な飲料水として、ひとつのブランドを築いている。その価値は当面はカタいだろう。
──そして、他にも。
………これは包装された食料。先程通りかかった時に感じた香ばしい香り、ゴブリンパンと同じものであるようだ。
恐らく、パンを保存に耐えるように加工し、尚且つ小分けできるように工夫を凝らしたものだろう。
「ビストランドで修行を積んだ職人"トニー"による、"ゴブリンレーション"です。とびきり特製の酵母からなる彼のパンは冷めても美味い!保存に耐えうるべく練り込まれたハーブとの相性が偶然にも抜群でした……!どうですひと口」
(上に辿り着くまでに暫しの猶予はあるか。少し喉が渇きそうな見た目ではあるが水はあるし……いや水は貴重なんだ)
──と思っていると、ペルッチョは期待の眼差しでコチラをじっと見つめてくる。
そして、シーネが向けてくる『空気読めよ』、とでも言うかのような眼。
(ああ、コレは『試食しろ』って事か。相変わらず根っからの商売人だな)
「それじゃ失礼して……」
ひと口頬張る。
(……豊潤で華やかだ……そして身体の欲しているものが凝縮されているような……そしてなんだか唾液が出てくる)
「コレは………サバイバル向けでもあり、パーティーにも合いそうだ。気分が良くなる。きっと酒に合うだろう。気に入った」
「気に入っていただいたようで、何よりでございます」
「じー………」
わかった、欲しいんだろう。
俺はシーネに水と一緒にレーションをひとつ渡す。
——その際、気づいたが………どうやら他にも入っているようだ。
これは、小瓶……酒のボトルのように見える。
(——今は、飲むわけにはいかないだろう)
“ガコンッ”
吊るされた檻が上方に到着したようだ。
俺たちは再度足早に進んでいく。
先程来た見覚えのある道・・・順当にいけば、教会に着く。
そして……戦闘になる。
問題なのは、敵の構成だ
この先に待ち受けているのが、下級のヴェスパであれば、然程問題はない。
だが、万が一・・・相手によっては、最悪な状態……致命的な事態となりうる。
騎士団の団長、そしてシーネの兄"アヴィオール・カリナ"を殺した化け物・・・。
その姿を見れば、彼女はその能力・・・魔法が使用不可の状態になる可能性が高い。
——魔導士は、ココロに立ち直れないほどの強い衝撃が加わったり、折れたりすると戦闘不能に近い状態になる。
その場に足手まといがいると判断されれば、ヤツらはそれを徹底的に利用してくる。そういう悪魔のような存在だ。
未然に防ぐなら今だろうが……だが、戦闘を直前に控えている状況で、シーネが事実を知って尚も能力を使い続けられる保証はない。
「?」
シーネが怪訝そうな顔をする、純粋に支えてきた、そういう印象を裏付けるような目。
だからこそ危うい。辛い状況、残酷な現実を知って尚戦えるような心が強い子だろうか。
(どうする……団長を、シーネの兄を殺した魔物の真実について伝えるべきか?)
この決断次第で、結末が変わってしまうような気がしてならない
・・・話そう。
そもそも、目的は敵討ちだ。
ならばいずれこれは話さねばなるまい。悪いニュースは早いうちに・・・。
「シーネ……」
「?」
「その、これから敵を討つ魔物のことだが……」
「シーネは、"そいつ"のことを知っているのか?どんな魔物なのか」
「いえ・・・知りません。私、本当は、近くでお兄ちゃんを支えたかった・・・。でも、できなかったんです。だから遠くで支えていました。だから、アイツがいったいどんな魔物なのかは・・・」
さっきまで明るい様子を見せていた彼女・・・だが、本題に入るとその表情は繊細で・・・暗い。
「・・・そうか」
「?」
・・・
"話す"、確かにそう決めたはず。
本当は、ここで伝えるべきだったのかもしれない。けれども、俺は……彼女の様をみて、出来なかった。
忘れるわけにはいかない。どうあがいたって、これは決して避けて通れぬ道。
俺は、王女を護衛しながら、はっきりとこの目で見た。
ヴェスパの群れと共に、団長に襲い掛かるあの化け物の姿は・・・
——"団長と同じ姿"をしていた——
・・・『顔と容姿が奪われた』と、あの人は言っていた・・・おそらく力も・・・
・・・心当たりのない、複製のような存在。
いったい何故、何が起こっているのか、わからない・・・
「さぁ、着きましたよ」
——到着、この扉の先が教会、祭壇の裏だ。
この向こうに、"そいつ"がいないことを願いながら、俺は武器を構える。
AI非使用




