第二話
誘拐⸺他人を騙して誘い出して連れ去ること。「かどわかし」ともいう。
広辞苑第七版より引用
斎藤岳志、須永修、三島悠斗の三人は、時間をかけてターゲットを絞った。
三人がやろうとしているのは、誘拐殺人。どうせなら大きな犯罪を犯そうと、斎藤岳志が提案し、採用された。いや、強引に進めた、と表現した方が正しい。
今回、ターゲットに選ばれてしまったのは、岳志の家の近所に住む女性、中野香織。二十歳を迎えたばかりのフリーターだ。
三人が調べたところ、この香織という女性は両親、祖父母を少し前に火事で亡くしている。つまり身寄りのない天涯孤独の女性である。彼女が今すぐどこかへ消え去ったとしても、それを心配する親族は無く、恋人や親しい友人もいないようだった。
香織が住んでいるのは防犯もまともにされていなさそうなボロアパート。遺産がいくらか入ったものの、けして贅沢を出来るほどの額ではなかったようで、週三勤務のコンビニバイトと貯金を切り崩して生計を立てている。
それらの情報を手に入れられたのは、彼等がまだ中学生という比較的警戒されない年頃だったからだ。
「すみません、道に迷ってしまって…」
まずは人当たりのよく、穏やかな雰囲気の悠斗が道に迷ったと声をかけ、香織が親切に道案内をしてくれたところから、作戦はもう始まっている。情報収集の第一歩である。
「本当に助かりました!」
「いえいえ」
「あ、お礼がしたくて…名前とか教えてください」
「いいよ、そんなの。たいしたことしてない」
「いやいや!僕の気が収まらないんで!あ!せめてこれ、受け取ってください」
ひと通り会話が終わり、悠斗が渡したのは、可愛らしい小さなくまのぬいぐるみが付いたキーホルダーだった。
「これ、ほんとは妹にあげようと思ってたんですけど…」
「そんな大切なもの受け取れないよ」
「いやいや!受け取ってください!それじゃあ」
「あっ、ちょっと待ってよ」
半ば無理やり香織にキーホルダーを渡したあと、悠斗は逃げるようにその場を去った。実際に、その場から今すぐにでも逃げ出したい気持ちだった。
なぜなら渡したキーホルダーの中には小型のGPSが仕込まれていて、香織の正確な住所を知るために渡したものだからだ。悠斗の心の中は、罪悪感と小さな達成感で満たされていた。
「渡せたか?」
「う、うん!」
「バレてないか?」
「多分…大丈夫だと思う」
近くの公園で待機していた岳志と合流した悠斗は、まだ緊張が残っているのか冷や汗をかきながら目を泳がせた。自分が犯罪に加担しているというのは、こんなにも気を張って疲れるのかと、既にやめたい気持ちにもなっていた。
「それにしてもGPSなんて…どこで手に入れたの?」
「……それは俺が用意した」
遅れてやってきた修が、静かな声を出した。
「自分でネットや店で購入すると足がついたり、中学生がそれだけを買うなんておかしいと疑われるかもしれないからな。母親にGPS付き防犯ブザーを頼んで、その中のGPSチップを取り出してキーホルダーの中に入れた」
「親が子供のために買う分には何も怪しまれないもんな。さすが修」
「す、すごいね…」
こんな風に、三人は慎重に、念には念を入れて準備を着々と進めていった。
GPSを渡した後も、悠斗は偶然を装い見かけては話しかけ、それを繰り返し行う。歩きながら他愛もない会話をして、そうやって三人は香織の情報を少しずつ集めていった。
「住んでるボロアパート、今日確認しに行ったら防犯カメラも無さそうだったぜ」
「鍵も、簡単に合鍵が作れそうだ」
「でもどうやって、鍵を手に入れるの?」
「今度はふたりで話しかけに行こう。俺に考えがある」
「んじゃ、俺は合鍵作るための材料集めとく」
悠斗が香織本人から話を聞き出し、岳志が現場を散策したり道具を用意して、修が細かな計画や具体的な指示を出す。三人の役割分担は序盤からある程度固められ、それぞれ得意分野を活かすために行動を始めた。
こうして集まった情報を元に、三人は改めてターゲットに相応しいのは香織だと確信する。彼女の人生の選択肢ミスを問われれば、確実にこの三人のそばに引っ越してしまった事だろう。それくらいには、誘拐されるに適した人物だったからだ。
さらに不幸なのが、香織の住むボロアパート。
ここもまた、誘拐するに相応しい条件が揃った最悪な物件であった。




