第十一話
彼等は自分の考えを過信している。想像の上であれば誰もが英雄に成れ、そしてまた誰もが極悪人へと成り下がれるというだけなのに。
⸺犯罪心理学者、田中正義著【完全犯罪は可能なのか】より抜粋
「と、まぁ……こんなもんだ」
とんでもなく長い時間をかけて独談が終わったと同時に、たけし君は満足気な顔を見せた。それに対して僕とおさむ君は聞くだけで疲れ果ててしまって、ただただ乾いた笑いを返すしかなかった。
「どうだ?俺のこの完璧な犯罪!」
「……お前は犯罪者よりも、小説家の方が向いてるよ」
あくびを噛み殺しながらおさむ君は言って、たけし君のドヤ顔は途端にムッとした表情に変わる。
「けっこうガチで考えたんだぞ」
「知るか。大体な、お前……なんで俺が引きこもりなんだよ。どっちかって言ったら、引きこもりそうなのは悠斗だろ」
「はは……確かに、実際僕の方がメンタルやられそう」
「結局、岳志お前も捕まってるしな」
「だーかーら!俺が捕まってこその完全犯罪なんだよ」
「まだ言うか」
二人の会話に僕が笑うと、つられて二人も笑い出した。
「てかお前、俺らのこと殺そうとするなよ」
「それはごめんって。ほら、なんかこう……話を盛り上げるのにさ」
「やっぱりお前は小説家が向いてるよ」
そんな他愛もない会話をして、その後は軽く雑談になったあと、長かったビデオ通話が切られた。
僕はこの時の通話の内容を、きっとたけし君が暇を持て余した僕らのために考えてくれたものなんだろうと気楽に考えていた。
だけど、後日僕は出会ってしまった。
「中野香織さん…?ですか」
「え……なに、なんですか…?」
ふらりと寄ったコンビニで、本物の香織さんに。
値札に“なかの”と書いてあったから、もしかして……なんてアホな推測を立てて聞いてみたら、まさかの当たってしまったのだ。
香織さんは下の名前を知られている事に警戒したのか、物凄く怪訝な表情で僕を見てきた。僕は慌てて「すみません人違いでした」とトンチンカンな言い訳をして、足早にそのコンビニを去った。
その事を後日たけし君に言ったら、たけし君は何でもない顔で言った。話に出てきた天涯孤独の香織さんも、ボロアパートも、小屋も、全部存在していると。
そうなんだとその時は聞き流したけど、ふとある事に気が付いた時、僕の背中には冷たい汗が流れた。
まさか、たけし君は本当にこの計画を進めようとしてるんじゃ…?そんな疑惑が、脳裏を過ぎったからだ。
話で聞いた計画は、頑張れば全然ひとりでも出来る。いや、むしろひとりの方が都合が良かったりするかもしれない。もし仮にたけし君が香織さんと仲良くなっていたのが本当なら、それ以外は全て僕らが居なくても成り立ってしまう。
「犯罪者は、自分の犯罪を隠す事ができない…」
あの本で読んだ言葉を、思わず口にした。
たけし君が誰かに気付いてほしいけどほしくない、あるいはただ自慢したいがために、そんな気持ちでもし本当に自分が今から実行に移す作戦を話していたとしたら…?
あの話は一体、どこからどこまでが作り話なんだろう。
「なんて、そんなわけないか」
疑心暗鬼に陥りかけた自分の考えを諌めて、窓から注ぐ陽の光に目を向けた。その眩しさに目を細める。
ウィルスが蔓延していなかったら、きっと今頃あのカンカン照りの太陽の下で三人……遊んでたのかな。たけし君もきっと、あんな話をしなかったのかな。
「完全犯罪、かぁ…」
結局僕らは完全犯罪なんて出来ないまま。
何もない平和な夏休みは、こうして終わりを告げたのだった。
この物語はフィクションです。実在する人物・団体・事件とは一切関係ありません。