第十話
――誘拐犯の独白。
きっと今頃あの二人は、「ようやく終わった」と安堵している頃だろう。
手錠をかけられ、パトカーの後部座席に乗せられた俺は、大量のフラッシュを浴びながら思わずほくそ笑んだ。
俺が解放した被害者の香織は無事に保護されて、事情聴取なんかを終えたあと家に帰される。
そこで、ようやく俺の計画は完了する。
俺の計画の全貌は、こうだ。
修に借りたあの本に、答えは既に書かれていた。
完全犯罪は出来ない、出来るとすればそれは…人間じゃない。
それを読んで、俺は気付いた。
じゃあ、人間じゃない何かを生み出せばいい。
どうやって?答えは簡単だ。
一から、殺人鬼を育てる。そうして、世に放つんだ。
殺人鬼は俺じゃない。俺は俗世に染まった人間だから、完璧な殺人鬼にはなれない。だから殺人鬼は、別で用意した。
中野香織。
自首した時に一緒に解放したあの“香織”は、香織じゃない。
香織を誘拐して犯して産ませた、香織の娘だ。
香織は誘拐してから数年後、用が無くなったから俺がこの手で殺した。身元の判別も出来ないくらいぐちゃぐちゃにした後、川に捨てた。遺体は見つかったが、警察は結局それが香織だと辿り着けなかった。無能な警察のおかげで、その時点でもうこの計画の成功は約束されたも同然だった。
後は娘を、誘拐した当時の香織の年齢と同じ年齢になるまで育てる。あまりに若すぎると不自然だからだ。
長い時間をかけて育てたあいつは、本来ならこの世に存在していない人間。つまり香織の戸籍で生きていっても、その指紋やDNAの情報はどこにも存在しない。犯罪を犯しても、決して辿り着けない人間の出来上がりだ。
そして木を隠すなら森、犯罪を隠すなら…犯罪。
俺が自首して事件が明るみに出る事で、俺が作り上げた香織の存在はただの“可哀想な被害者”になる。最初の数年程度はメディアからも注目されるかもしれないが、それが過ぎたら香織を縛るものは何も無くなる。見た目が若いのも、感情が希薄なのも、全て“被害者だから”で片付く。バカな世論は片付けてくれる。強烈なストレスからそうなったと多くの人間は判断してくれるだろう。
この騒ぎが落ち着いた頃に、香織には一つ犯罪を頼んである。
安心しきって油断した俺の友達、悠斗と修を殺す。あの二人が死んで、ようやくこの物語は終焉を迎える。
今ここに、完璧な犯罪が誕生したんだ。