第一話
完全犯罪を遂行できる人間などいない、なぜなら証拠は常に人間の無意識や深層心理によって、隠しきれず零れ落ちてしまうからだ。遂行できるとすればそれは、もはや人間ではないのかもしれない。
⸺犯罪心理学者、田村正義著【完全犯罪は可能なのか】より抜粋
パタリと本を閉じて、天井を見上げた。
「完全犯罪か…」
夏休みも中盤に差し掛かった真夏の夜に、そんな物騒な事をひとり呟いた。暇を持て余しすぎて、いよいよ頭がイカれたか。
中学二年の夏、本来ならゲームしたり秘密基地を作ったり…数少ない友人達と楽しんでいるはずだった。
だけど残念ながら今は世界的にウィルスが大流行していて、せっかくの夏休みだというのに外出もままならない。そのせいで年に一度の夏休みの家族旅行も、楽しみにしていたのに今年は中止だ。
とにかく、やる事がない。
やる事がないなら勉強でもすれば良いのに、どうしてか勉強となると気が進まない。だから今もこうして、いつだか友達に借りた本を適当に読み漁って時間を潰していた。
今日はもうすぐこの本を貸してくれた友人とビデオ通話の予定がある。それまでの暇潰しに…と読んだ本だったけど、丁度いい時間潰しになるくらいにはなかなかに面白かった。
人間は完全犯罪を犯そうとしても、良心の呵責や罪悪感、あるいは見栄や自慢したい気持ちが湧き出て結局はどこかに証拠を自ら残してしまう…というような内容だった。要は、隠し続ける事が出来ないらしい。他にも色々書いてあった。
もしも僕が完全犯罪をするなら…そんなアホな僕の考えはすぐに止まった。着信音によって思考を乱されたからだ。
「おー、久しぶり」
勉強机の上に置いてあった携帯を手に取って画面をタップすると、どこかおちゃらけたような表情の短髪の友達…たけし君がこちらに手を振る姿が見えた。
僕が「久しぶり」と声を出そうとして、そのタイミングで画面が分割されて、今度は眼鏡がよく似合うキリッとした顔の友達…おさむ君が通話に入ってきた。
このふたりが、僕の数少ない友人だ。
「なぁ、いきなりなんだけどさ」
通話が始まって間もなく、たけし君が珍しく真剣な顔で話を切り出してきた。
今日、みんなで電話しようと誘ったのもたけし君で、きっと話したいことがあって、さっそく本題に入るのだろうと、たけし君の言葉を待った。
「俺らで、完全犯罪しようぜ」
衝撃的な発言と、今の今まで読んでいた本の内容がガッチリ当てはまって、思わず前のめりになる。
「どういうこと?」
「だから、完全犯罪。しようぜ」
聞き間違いではない、二度目もはっきりとたけし君は言った。
「……急にどうした?暇で頭おかしくなったのか」
おさむ君がため息と一緒に呆れた言葉を吐く。
「冗談なんかじゃねえよ!俺さ、お前に借りた本読んでて完璧な犯罪思いついちゃったんだ」
たけし君も、おさむ君から同じ本を借りてたんだ…その事にも驚いた僕と、たけし君のこのおかしな言動が自分のせいだと気が付いて居心地の悪そうな顔をするおさむ君。
「完璧な犯罪なんて…一体どうするんだよ」
仕方なく…といった感じで、おさむ君がそう聞くと、
「聞いて驚くなよ」
たけし君は、ニヤリと口角を片方だけつり上げて自信満々に語り始めた。