トラックの秘密と初めての旅
石畳の道が続く城壁都市「ルミエール」の一角。女騎士リリアの屋敷は、こぢんまりとした石造りの建物だが、庭には色とりどりの花が咲き、どこか温かみのある雰囲気だった。
彼方と此方、双子の姉妹は、客間の窓辺で朝日を浴びながら、昨夜の出来事を振り返っていた。
「ねえ、彼方。やっぱりこれ、夢じゃないよね?」
此方が、淡い水色のセーラーワンピースの裾を軽くつまみながら言う。白いタイツに包まれた足元、焦茶色のローファーが朝の光に鈍く輝く。
「うん……夢だったら、こんなにリアルじゃないよ。手、触ってみて」
彼方が自分の手を差し出すと、此方がそっと握った。温かくて、柔らかい。いつもと同じ、姉の手。なのに、なぜか胸がドキッとする。
「ほんとだ。ちゃんと彼方の手だもん。……でも、なんで私たち、こんな世界に来ちゃったんだろう?」
此方の素朴な疑問に、彼方は少し眉を寄せた。
「わからない。でも、あのトラック……なんか、私たちと繋がってる気がする」
二人が話していると、部屋のドアがノックされた。
「おはよう、二人とも。よく眠れたか?」
入ってきたのは、リリアだった。銀色の軽鎧をまとい、金髪をポニーテールにまとめた姿は、まるで物語の騎士そのもの。彼女の後ろには、朝食の載ったトレイを持ったメイドが控えている。
「おはようございます、リリアさん! すっごくよく寝ました!」
此方が元気に答えると、リリアは柔らかく微笑んだ。
「それはよかった。さあ、朝食を食べて、今日の話をしよう。君たちには、早速仕事が待ってるぞ」
「仕事……って、荷物運びですよね? トラックで?」
彼方が少し不安そうに尋ねると、リリアは頷いた。
「その通り。まずは簡単な任務だ。城壁外の小さな村に、食料を届けてほしい。私の護衛がつくから、安心しろ。……それにしても、あの『トラック』、本当に面白い道具だな。どうやって動かすんだ?」
彼方と此方は顔を見合わせた。確かに、トラックの運転は夢の中で何度も経験していた。なのに、なぜ自分たちがそんな技術を持っているのか、説明できなかった。
「えっと……なんか、わかるんです。ハンドルを握ると、頭に動き方が浮かんでくるっていうか……」
彼方の曖昧な説明に、此方が笑って補足した。
「そうそう! 私も、荷物の積み方とか、道の選び方とか、なんか自然に思いつくの。夢でやってたからかな?」
リリアは興味深そうに目を細めた。
「ふむ。転移魔法の影響かもしれないな。この世界では、召喚された者は特別な力を得ることがある。君たちのトラックも、その一部かもしれない」
「特別な力……?」
彼方が呟くと、リリアは軽く肩をすくめた。
「まあ、詳しいことは後で調べよう。まずは、食べて、準備だ。出発は正午だぞ」
朝食は、驚くほど日本風だった。ふわっとした白米に、焼き魚、味噌汁。魔法で再現されたらしいその味は、寮で自分たちが作っていたものとそっくりだった。
「これ、めっちゃ美味しい! まるで私たちの寮のご飯みたい!」
此方が目を輝かせて言うと、彼方が小さく笑った。
「うん。なんか、懐かしいね。……でも、ここでこうやって食べてるの、変な感じ」
二人はスプーンを手に、しばらく見つめ合った。この世界に来てまだ一日なのに、まるでずっとここにいたような安心感があった。それは、きっと、互いがそばにいるからだ。
正午前、姉妹はリリアに連れられて屋敷の裏庭へ向かった。そこには、あの四トントラックが停まっていた。白い車体、荷台に積まれた木箱や布袋。夢で何度も見た姿が、そこに現実として存在している。
「うわあ、やっぱりカッコいいね! 私たちのトラック!」
此方が興奮気味にトラックに駆け寄り、車体を撫でる。彼方は少し遅れて近づき、運転席のドアにそっと触れた。
「ほんとだ……夢と同じなのに、なんでこんなにリアルなんだろう」
彼女の手がドアノブに触れた瞬間、頭の中に不思議な感覚が走った。まるで、トラックが「自分の一部」であるような、温かい繋がり。
「彼方、なんか感じる?」
此方が振り返り、目をキラキラさせながら尋ねる。彼方は少し戸惑いながら頷いた。
「うん……なんか、このトラック、私たちを待ってるみたい」
リリアが荷台を覗き込み、感心したように言った。
「食料、布、薬草……これだけあれば、村の人は大喜びだ。さあ、準備はいいか? モンスターが出るかもしれないが、私が守る。君たちは運転に集中してくれ」
彼方は少し緊張したが、此方の「大丈夫だよ、二人ならできるよ!」という笑顔に背中を押され、運転席に座った。
エンジンをかけると、ゴロゴロと懐かしい音が響く。
隣に座った此方が、助手席で地図を広げる――といっても、この世界の地図ではない。なぜか、彼女の頭には道のイメージが浮かんでいた。
「彼方、右に曲がって、まっすぐ行けば村に着くよ。なんか、わかるんだよね」
「うん、私も……ハンドル握ると、道が頭に入ってくる。変な感じ」
二人は笑い合い、トラックを走らせた。リリアは馬に乗り、トラックの後ろを護衛としてついてくる。城壁の門をくぐり、広大な草原へと飛び出す。
風がセーラーワンピースの裾を揺らし、二人の心は高鳴った。
「これ、夢みたいだね!」
此方の声に、彼方が頷く。
「うん、でも……これが私たちの新しい現実なんだよね」
村までの道は、思ったより穏やかだった。草原を抜け、森の入り口に差し掛かる頃、此方がふと呟いた。
「ねえ、彼方。このトラック、どこに停めておくんだろう? いつもそばにあるけど、置く場所とか考えたことなかったよね」
「そうだね……夢では、いつも勝手に現れてたし。リリアさんの屋敷の庭にも、急に出てきたし」
彼方がハンドルを握りながら答えると、此方が目を輝かせた。
「ね、試してみない? なんか、できそうな気がするんだよね。トラック、しまっちゃうの」
「しまっちゃうって……どうやって?」
彼方が笑いながら言うと、此方が真剣な顔で手をトラックのダッシュボードに置いた。
「こう、なんか、心で思うの。『トラック、しまって!』みたいな?」
「え、ちょっと、急にそんな――」
彼方が慌てる中、此方が目を閉じて呟いた。
「トラック、しまって!」
その瞬間、信じられないことが起きた。
トラックが、まるで光に溶けるように、ふっと消えた。
「うわっ!?」
彼方が叫び、二人とも地面に着地した。セーラーワンピースのスカートがふわりと広がり、白いタイツの膝が草に触れる。
「え、え、なに!? 消えた!?」
此方が目を丸くして辺りを見回す。リリアが馬を止めて、驚いた顔で近づいてきた。
「おい、二人とも! どうしたんだ、あの馬車が消えたぞ!?」
「えっと、えっと、私、なんか思ったら……!」
此方が慌てて説明しようとする中、彼方がふと思いついた。
「此方、待って。もう一回、やってみよう。私も一緒に」
二人は手を握り合い、目を閉じた。
「トラック、出てきて!」
今度は二人同時に心の中で唱える。すると、目の前に光が集まり、トラックが再び現れた。白い車体、荷台の木箱、すべて元通り。
「うわ、すっごい! できた!」
此方が飛び跳ねて喜ぶと、彼方も笑顔になった。
「ほんとだ……私たちの思った通りに、出し入れできるんだ」
リリアが感嘆の声を上げた。
「これは……召喚魔法だ。しかも、こんな大きな道具を自由に操れるなんて、君たちはただの転移者じゃないな。トラックと君たちの絆が、この力を生んでいるのかもしれない」
「絆?」
彼方が尋ねると、リリアは優しく微笑んだ。
「君たち、いつも一緒にいるだろ? その強い結びつきが、魔法を活性化させたんだ。この世界では、絆や想いが魔法の源になることが多い」
彼方と此方は顔を見合わせた。
絆、確かに、二人はいつも一緒だ。幼い頃から、どんな時も手を握り合ってきた。その絆が、トラックと繋がっているのだとしたら――。
「じゃあ、このトラック、私たちの一部ってこと?」
此方の言葉に、彼方が頷いた。
「うん。なんか、そういう気がする」