「第1話:可愛い妹が同じ学校に転校してきた日」
妹が転校してきたことで、平穏な学園生活が予想外の方向へ…?
その朝は、いつも通りに始まった。カーテンの隙間から差し込む朝日が、ミナセ・カズキの頬を優しく照らしていた。彼はゆっくりと目を開け、小さくため息をついた。
「……今日は穏やかな日になるはずだったのに。テストもなし、宿題もなし。ただ平和な一日を過ごすだけ…」
壁の時計に目をやる。
午前7時03分。
「やばい……」と呟くと、すぐにベッドから飛び起き、洗面所に駆け込んだ。15分後には、少しシワのある高校の制服姿で準備を終えていた。
階段を下りてダイニングに向かうと、炊きたてのご飯と味噌汁の香りが迎えてくれた。そこには、ピンク色のエプロンを身に着けた長い茶髪の少女が立っていた。彼女の甘い笑顔は、まるで時間を止めてしまいそうだった。
「おはよう、カズキ兄〜 朝ごはんできてるよ!」
カズキは階段の最後の段で足を止め、目を二度瞬いた。
「キサキ…? どうしてこんなに早起きしてるんだ?」
ミナセ・キサキ、彼の2歳年下の妹は、普段は朝起きるのが苦手だった。でも今日は、新しい高校の制服に身を包み、妙に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「今日は私の高校生活の初日だよ? それに今日から……カズキ兄と同じ学校に通うんだ~!」
ダイニングの空気が一気に凍りついた。カズキは固まった。
「ちょっ、なにそれ?! 本気で言ってるのか?」
「内緒で入学手続きしてたの。ふふっ、サプラーイズ!」
サプライズ、だと。
カズキは、満面の笑みを浮かべる妹の顔を見つめた。彼は座り込み、熱々の味噌汁を口に運びながら、混乱する頭を落ち着かせようとした。
「なんで前もって言わなかったんだよ……」
「だって、言ったらカズキ兄、家出しそうじゃん?」
「……否定できない。」
その日の朝、二人は一緒に登校した。キサキは猫みたいにぴったりとカズキの横にくっついて離れなかった。道行く学生たちの視線が二人に集まっていた。特に男子生徒たちの目が鋭い。
「誰あれ? めっちゃ可愛い…」
「え、カズキと一緒にいる? 彼女か?」
カズキはただ空を見上げ、雷が落ちてこないかと願った。
校門に着いた頃、誰かが声をかけてきた。
「よぉーっす、カズキ! その子誰? 彼女か?」
それはタチバナ・ハルト。カズキの親友で、女の子好きでおしゃべりなやつだ。
「違う! 妹だよ。ミナセ・キサキ。」
ハルトは目を見開いてキサキを見た。
「はぁ!? こんな可愛い妹がいるなんて聞いてないぞ!? お前、罪な男だな、カズキ!」
キサキはにっこりと微笑むだけだった。
「カズキ兄の友達に会えて嬉しいです~ お兄ちゃんのこと、学校でよろしくお願いしますね。すっごく恥ずかしがり屋さんだから。」
「キサキ…やめてくれ。入学初日から俺の恥を晒すな…」
だが、もう手遅れだった。
教室では、すぐに噂が広まった。カズキの耳に、色んな方向から囁き声が聞こえてきた。
「新入生のあの美人、カズキの妹らしいよ。」
「でも、あの距離感…兄妹にしては近すぎない?」
「本当に血が繋がってるのか?」
カズキは渋い顔で自分の席に座った。周囲の女子はヒソヒソと話し、男子たちは羨ましそうに見たり、尊敬の眼差しを向けてきたりした。状況は悪化するばかりだった。
キサキは別のクラスに配属されたが、昼休みにカズキの教室に現れた。まっすぐ彼の席へと歩いてきて、お弁当箱を持っていた。
「カズキ兄〜 お弁当作ってきたよ〜」
「ちょ、なんで来るんだよ!?」
「お兄ちゃんのこと心配しただけだもん。ちゃんとご飯食べてるかって。」
教室の全員の視線が二人に集中した。カズキはまるでスタジアムの真ん中に立たされている気分だった。
「カズキ…マジで幸せ者だな。」とハルトがニヤニヤしながら囁く。
「妹に王様みたいに扱われて、どんな気分だよ?」
「今すぐ気絶したい。」
キサキは勝手に隣の席に座り、二段重ねの可愛いお弁当を開けた。中には、クマの形にデコレーションされたご飯が入っていた。
「じゃじゃーん♪ 大好きなお兄ちゃんのための“かわいい弁当”だよ〜」
「キサキ…頼むから、俺を注目の的にするなよ…」
「でも、カズキ兄って照れると可愛いんだもん。」
近くの女子生徒たちがヒソヒソと囁く。
「え、自分で作ったのかな?」
「まるで新婚さんみたいじゃん…」
カズキは椅子から転げ落ちそうになった。
その頃、クラスで一番の秀才で毒舌でも有名なアマノ・レイナは、窓際の席から鋭い目で二人を見つめていた。彼女はそっと頭を振った。
「毎日こんな感じじゃ、そりゃあ女の子の友達なんてできないよね。」
でも彼女自身、気付かないうちにそのやり取りを少し長く見つめていた。
放課後、カズキが校門に着くと、キサキが待っていた。顔を輝かせながら。
「カズキ兄〜 一緒に帰ろっ!」
「なんで待ってるんだよ? 先に帰れよ。」
「だって一緒に帰りたかったんだもん。仲良しの兄妹でしょ〜?」
「それを“仲良し”とは言わない。“拷問”って言うんだ。」
「えへへ…でもカズキ兄、実は嬉しいんでしょ? 私、お兄ちゃんと同じ学校に通えて、本当に嬉しいんだ。」
カズキはしばらく妹を見つめた。夕陽に照らされたキサキの笑顔、キラキラした茶色の瞳――すべてがカズキの心臓をドキドキさせた。
彼は慌てて視線を逸らした。
「……勝手にしろよ。」
キサキはカズキの隣を歩きながら、小さく鼻歌を歌っていた。
そしてカズキは悟った――彼の平穏な日々は、完全に終わったのだ。
だが、その可愛い笑顔の裏で、キサキはバッグの紐をぎゅっと握り、ほんのり頬を赤らめていた。
「毎日…カズキ兄のそばにいられるなんて…勘違いしないでよね…でも……すっごく嬉しいの…」
――つづく。
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