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第5話 ぐちゃぐちゃ?

 ほうきを走らせ、僕と師匠は町外れの湖へ向かいます。時間はお昼過ぎ。僕たちを照らす柔らかい日差し。肌を撫でる空気は温かく、遠くの方では白い雲が気持ちよさそうに空を泳いでいます。


「師匠」


 僕は、ほうきの柄をギュッと握りしめながら、三角帽子姿の師匠に声をかけました。


「何?」


「今回の依頼、どう思います?」


「どうって言われても」


 師匠の言葉はどこか投げやりで。少し不安になってしまいます。


 やっぱり、面倒くさいんだろうなあ。


「水質が自然におかしくなるとは考えにくいですし。誰かが意図的に細工したんですかね?」


「…………」


「もしそうだったとしたら一体どんな目的で? もしかして、町に恨みがあったとか? それとも、特定の誰かに対して」

「弟子君」


 僕の言葉を遮るように放たれたその声。怒っているのでもなく、ましてや悲しんでいるのでもなく。僕には、ただただ冷たく感じられました。


「私、言ったでしょ。実際に見てみないと分かんないって」


「それは、まあ」


「何も知らない人が、憶測だけであれこれ言っちゃいけないよ。事実をちゃんと知って、それから話をすること。そうじゃないと……」


 そこまで言って、師匠は押し黙ってしまいました。三角帽子になっている師匠の顔は見えません。ですが、何となくこう思うのです。師匠は今、大人びた真剣な表情を浮かべていると。


「師匠」


「ん?」


「……いや、何でもありません」


 普段からとことん子供っぽい師匠。そんな彼女が時折見せる不思議な大人っぽさ。何か特別なスイッチでもあるかのような。


 師匠と出会って一年と少し。僕はまだ掴みかねています。突如現れる大人っぽい彼女のことを。


「弟子君、湖まであとどれくらい?」


「え? あ、ああ。十分くらいじゃないですかね?」


「そっか。じゃあそれまでのんびりしてよーっと」


 ああ。いつもの師匠だ。


 ちょっぴり安心しながら、僕は苦笑いを浮かべるのでした。




♦♦♦




 湖に到着し、僕はほうきを降りました。その瞬間、頭の上が少し軽くなる感覚。横を見ると、両手を上にあげて伸びをする師匠の姿。


「うーん。疲れたー」


「疲れたって。師匠、何もしてないじゃないですか」


「何もしないっていうのも結構疲れるものだよ」


「じゃあ、これからは自分のほうきに乗って移動してください」


「それは断る!」


「ええ……」


 そんな会話をしながら湖のすぐ傍へ。


 足元には透き通った水。通常の湖であれば何かしらの生き物が住んでいそうなものですが、魚一匹見当たりません。なんでも、水の純度が高すぎるせいで、生き物を入れてもストレス過剰で死んでしまうのだとか。綺麗すぎる部屋に入った人がソワソワしてしまうのと同じ原理なのでしょうか。


「そういえば、ここの水ってどうしてこんなに綺麗なんですか?」


「この湖は人工的に作られたものなんだよ。魔法薬の材料にするためにね。周りの木から出る魔力を吸収して、水を浄化するように魔法がかけられてるんだ」


「木の魔力?」


 僕は、湖の周りを見渡しました。


 湖から数メートル離れた所には、湖を取り囲むように何本もの木が植えられています。木の向こう側は何もないただの平原。配置だけ見れば、湖の周りにわざと木を生やしたように見えなくもありません。


「植物っていうのは、絶えず魔力を放出してるんだよ。呼吸みたいなものかな。大きな木なんかだと特にそれが顕著だね」


「あー。森の中は魔法使いや魔女に最適な環境って聞いたことありますけど、そのせいですか」


「そうそう。まあ、魔力が多くてもちゃんとコントロールできなきゃ意味がないんだけどね。さて、ちゃっちゃと終わらせようかな」


 いつの間にか師匠の手に握られていた杖。彼女がそれを一振りすると、先端が青白く光り始めます。


「師匠、今から何するんですか?」


「何って、水質調査だよ」


 そう言って、師匠は杖を湖の表面に近づけます。瞬間、目の前にとある模様が現れました。大きな円。中央には六芒星。それを取り囲むように連なるたくさんの文字。そう。それは、魔法使いならだれもが一度は見たことのあるもの。いわゆる、魔法陣です。


「んー? これは……もしかして……」


「師匠?」


「うん。なんとかなりそうかも」


 魔法陣を見て数秒後、自信満々に頷く師匠。彼女の頭の中で一体どんな結論が導き出されたのでしょうか。一応、僕も魔法陣について勉強をしたことはありますが、まだまだ半人前。師匠のようにすぐ何かが分かるという域には達していません。


 こういうの見せられると、やっぱりへこむなあ。


 師匠と対等の存在になる。あの日交わした自分との約束。それが達成されるのは果たしていつになることやら。


「ねえ、弟子君」


「あ、はい。何でしょう?」


「弟子君の目から見て、この魔法陣どう思う?」


「ど、どうと言われましても」


 はて。一体何と答えればよいのでしょう?


「適当でいいからさ。感想聞かせて」


「はあ」


 曖昧に返事をして、僕は目を細めます。本に書かれていたもの。師匠の研究に付き合った時に見たもの。いろいろな魔法陣を思い返しては、目の前の魔法陣と比較していきます。


「えっと。本当に適当でいいですか?」


「もちろん」


「なんか……ぐちゃぐちゃ? してます」


 僕の答えに、師匠はにっこりと微笑むのでした。


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