最終話 大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる
「ふああああ」
口から飛び出す大きな欠伸。
結局、あの後僕は一睡もすることができませんでした。告白に失敗したショックをズルズル引きずり。ふと気がつくと、師匠の綺麗な寝顔に吸い込まれそうになり。
断言できます。あの状態で寝られる人なんて、世界のどこにもいないでしょう。
ちなみに、いろいろ耐えることができず、師匠のほっぺを指で数回つついてしまったのは秘密です。
柔らかかった。
「おっと」
感慨にふけっている場合ではありません。今は料理に集中しないと。
湯気が漂う鍋の中。クリームシチューがコトコトと優しい音色を響かせています。小皿に取って、少し味見。口に広がるミルクと野菜の甘み。
うん、美味しい。けど、もう少し煮込んだ方がよさそう。
ゆっくりとシチューをかき混ぜ続ける僕。底の方が焦げ付かないよう、時折火加減も調整。
師匠、喜んでくれるといいな。
「でしくん、おはよー」
「あれ? 師匠、今日は早起きですね」
なんと珍しいことでしょう。まだ朝ご飯を作り終えてもいないのに、師匠が部屋から出てきました。欠伸をしながらグシグシと目元を擦る彼女は、見るからにまだ寝足りないといった様子。いつもの師匠なら二度寝を決め込んでいたはずなのに。
「なんかね。夢の中で、弟子君がシチュー食べてたの」
「ほう」
「で、頂戴って言ってもくれないの」
「ほうほう」
「しかも、いたずらっ子みたいにほっぺツンツンしてくるし」
「…………」
「だから、目が覚めた時、シチュー食べたい欲が高すぎてさ。起きてきちゃった。ふああ」
「ナ、ナルホドー」
いやー。不思議な夢ですね。全く。はっはっは。
そうこうしているうちに、シチューも完成。いつも使っている木製のお皿にシチューをよそい、パンの入った籠とともにテーブルへ。
「キター」
キラリと輝く師匠の瞳。先ほどまでの眠そうな姿はどこへやら。
「じゃあ、食べましょうか」
「うん。いただきまーす」
言うが早いか。師匠は、スプーンですくったシチューを口の中へ。
「は、はふはふ」
「出来立てなんですから、ゆっくり食べてください」
「ん。美味しい! さすが弟子君!」
「はは。ありがとうございます」
いつも通りの日常。相変わらずの師匠と僕。
「弟子君、弟子君。今、素晴らしい提案が思いついたんだけど」
「お仕事さぼる以外でお願いします」
「…………」
「…………」
「むぐぐぐぐ」
昨日の出来事が、僕たちの間に何を生んだのか。それはまだ分かりません。
けれど。
「はいはい。ご飯食べ終わったら、今日の仕事の確認しますよー」
「いーやーだー」
「はあ。じゃあ、仕事終わりにお菓子でも買います?」
「その話詳しく」
大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる。
これが二人にとっての幸せだったら、なんて。
「本当に師匠は相変わらずですね」




