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大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる  作者: takemot
第5章 大人で子供な師匠のことを
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第53話 今の状況、もしかして

「ねえ、弟子君。こっち、向いて」


「え? ど、どうして?」


「お礼、ちゃんと目を見て言いたいから」


「……分かりました」


 体をひねり、師匠と顔を合わせます。胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。無防備な笑顔を浮かべる彼女の頬には、ほんのりと朱が差していました。


 綺麗だ。


 本当に。


 綺麗。


 一年と少し前。師匠と初めて会った時、抱いた感情。それと全く同じ感情が、僕の心を埋め尽くします。


 いや、違う。


 あの時よりも、もっと。もっともっと、強い感情。


 僕、やっぱり。


 師匠のこと、好きだ。


 コホンと一つ咳ばらいをし、師匠は僕をまっすぐ見つめます。


「弟子君、今日は本当にありがとう」


「僕の方こそ、ありがとうございました」


「…………」


「…………」


「ふふ」「はは」


 気がつくと、僕たちは互いに笑っていました。温かくて、フワフワして、心地いい。幸せだと胸を張って言える瞬間。師匠も同じように思ってくれていたら。そんな願望を抱いてしまうのは、単なる僕のわがままなのでしょうか。


「私がお礼言う展開だったはずなのに、なんで弟子君も言っちゃうのさ」


「だって、先に助けてくれたのは師匠ですし。師匠がいなかったら、僕自身どうなってたか」


「なるほど。じゃあお互い様だ」


「お互い様です」


 師匠に助けられて。今度は僕が師匠を助けて。もちろん、今回の出来事はただのまぐれ。僕が師匠と対等の存在になれたなんて思っていません。ですが、ほんの少し。ほんの少しだけ、師匠に近づくことができたんじゃないか。そう、思います。


「いやー。弟子君も強くなったね。あの時使ったの、反射の魔法でしょ。いつの間に習得したのさ?」


「できるようになったのはつい最近ですね。まあ、まだまだ粗削りですけど。どうにもコントロールが上手くいかなくて」


 その時、僕はとあることに気がついてしまいました。


 あれ?


 今の状況、もしかして。


 告白の、チャンスなのでは?


「粗削りねえ。見たのはあれが初めてだけど、いい出来だったと思うよ」


「…………」


「弟子君?」


「ふえ!? な、何でしょう?」


「いや、ボーっとしてたから。どしたの?」


「あ、あはは」


「?」


 そうですよ。僕は何をしているんですか。


 時間は夜。ベッドの上。横になって見つめ合う僕と師匠。ムード最高。状況ばっちり。障害物なし。告白するなら今しかない!


「ふああ」


 欠伸をする師匠。きっと彼女にとっても、今日は疲れた一日だったのでしょう。その目はとろんと垂れ、うっすら笑みを浮かべています。


 可愛い。


 って、そうじゃない!


 今から臨むのは一世一代の大勝負。ここで手順を間違えてしまうと、一生のトラウマになること間違いなしです。最悪の場合、師匠に距離を置かれるなんてことも。まずは、頭の中で念入りにシミュレーションしなければ。


 例えば、こんな感じ。


『師匠!』


『で、弟子君。急に、ど、どうしたの?』


『僕、師匠のこと、ずっと前から好きでした!』


『え!?』


『もしよかったら、僕と恋人になってくれませんか?』


『はあ。ごめんね。私、自分より弱い人と恋人になるのは嫌なの』


 …………


 …………


 どうして、成功するシミュレーションよりも先に、失敗するシミュレーションをしているのでしょう。バカなんですかね。バカですね。


 も、もう一回、チャレンジ。


『師匠!』


『恋人になるのは嫌だよ』


 …………


 …………


 また! どれだけ自信がないんですか、僕は! というか、さすがに名前を呼んだだけで振られるなんてありえませんよね。


 ……ありえませんよね?


 さ、三度目の正直。


『師匠!』


『で、弟子君。急に、ど、どうしたの?』


『僕、師匠のこと、ずっと前から好きでした!』


『え!?』


『もしよかったら、僕と恋人になってくれませんか?』


『……うん。私も、好き。弟子君のこと、好きだよ』


『わーい』


 …………


 …………


 うん。いけます。完璧です。完璧じゃないような気もかなりしますけど、完璧ということにしておきましょう。大切なのは、自信を持つことですよね。


 僕は、目を閉じてゆっくりと深呼吸をします。一回。二回。三回。深呼吸を重ねるごとに、自分の緊張が全身に伝わっていきます。


 大丈夫。


 きっと成功する。


 当たって砕けろ。


 あ、砕けたくない。


 と、とにかく大丈夫。


 心の中で何度も自分を鼓舞し、目を開けます。視線の先には、師匠の顔。好きで好きでたまらない師匠の顔。


 よし!


 準備万端!


 いくぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


「し、し、師匠!」


「あ、さすがにねむいよね。そろそろ寝よっか」


「え!?」


 まずい、その返しは想定してない!


「弟子君、おやすみ。明日のシチュー、楽しみにしてるね」


「は、はい。えっと。おやすみ、なさい」


 師匠は最後に軽く微笑むと、ゆっくり目を閉じます。それから数秒もたたずして、「スー、スー」と可愛らしい寝息が聞こえてきました。


 こうして、僕の一世一代の大勝負は幕を閉じたのです。


 ぼ……。


 僕の……。


 僕のヘタレえええええええええええええええええええええええええええええええええ!


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