第4話 あー!
「我々はいくつかの湖を管理しており、魔法薬を作りたいという個人や法人に対して水を無償で提供しています。先々代の町長から続く魔法により、水は不純物がとても少なく、魔法薬を作るのに最適なのです」
「聞いたことあります。確か、水を提供することで町に魔法関係の仕事を増やすのが目的でしたよね」
「その通りです。ただ最近、とあるエリアで魔法薬が作成できないという声が多数上がっておりまして」
「とあるエリア?」
「はい。先ほど申し上げた、町外れにある湖の水を提供しているエリアです」
テーブルに視線を落としながら、町長さんはそう告げました。
「そこの人たちが何か特別な魔法薬を作り始めた、とか?」
僕が尋ねると、町長さんは懐からとある紙を取り出しテーブルに広げました。傷を治す薬、錆を取る薬、筋力を上げる薬などなど。書かれているのはごく一般的な魔法薬ばかり。
「これらが、そのエリアで作られている魔法薬の一覧です」
「……普通ですね。『特別』の『と』の字もないくらい」
「事態収拾の一環で、皆様には別の湖から汲んだ水を提供してみました。すると、何の問題もなく魔法薬が作成できたそうなのです」
「うーん」
話を聞く限り、湖の水に問題があることは明らかでした。となれば、僕たちではなくちゃんとした業者に水質調査をお願いしたほうがいいのでは? そんな僕の考えを見透かしたかのように町長さんは言葉を続けます。
「すでに一般の業者に水質調査をお願いしました。ですが、返ってきたのは『異常なし』の一言で」
「え?」
異常なし? そんなこと、あるはずない。
「なるほど、だから私たちに頼ろうって考えたわけだ」
不意に、今まで黙って話を聞いていた師匠が口を開きました。
「師匠、どういうことです?」
「町長はこう考えてるんだよね。誰かが湖の水に何かしらの細工をしたんじゃないかって。それも、通常の水質調査では原因が分からない魔法を使って」
「ええ。まさにその通りです」
神妙な面持ちで頷く町長さん。僕の方はというと、大量のはてなマークが頭上に浮かんでいました。
「い、いやいやいや。どうしてそんなことする必要があるんですか?」
「さあ?」
「『さあ』って。師匠、ずいぶん投げやりですね」
「理由なんて、実際に見てみないと分かんないよ」
そんな言葉とともに、師匠は僕の前に手を伸ばしました。そして、没収したはずのバスケットの中からクッキーを一枚取って口に運びます。
サクリ。
この場にそぐわない子気味の良い音。
「魔女様、お弟子様。この依頼を引き受けてはいただけないでしょうか」
「町長さん……」
「このまま湖の水が使えないままでは、一部のエリアに住む者が不便を被り続けてしまうのです。別の湖から水を運搬するのにも限界がありますし。どうかお願いします。私の知る限り、魔女様以上に魔法に卓越した者はございません。この問題を解決するには、魔女様のお力が必要なのです」
町長さんは僕たちに向かって頭を下げます。それはもう深々と。額がテーブルにつかんばかりに。彼が町長として長年町の人に愛されている理由が分かったような気がしました。
「師匠」
「ん。分かってる。依頼受けるよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「何しろ今回はかなりの報酬が出るって話だからねー。期待してるよ、町長」
あ。
「か、かなりの報酬? い、いえ。そこまで期待されると困ってしまいますな」
「ん?」
「以前、畑を荒らす魔獣の退治をお願いしたことがありますが、その時よりは少ない額になってしまいますね。あ、ああ。別に出し渋っているというわけではありませんので。どうかご容赦ください。なにぶん町の財政的に。ははは」
「え? だってここに来る前弟子君が……え?」
キョトンとした表情を浮かべる師匠。向けられる視線から逃れようと、僕は顔をそらしました。
いや、僕は嘘なんてついてないですよ。ええ。「かなりの報酬が出るかも」とは言いましたけど、絶対そうなるとは言ってないんですから。あくまで自分の予想を師匠に伝えたまですよ。はい。
「弟子君、まさか……」
「ち、町長さん。とにかく依頼は引き受けさせていただきますね。報酬は依頼が終わった後に受け取らせていただきますので」
「え、ええ。ご用意しておきます」
「じゃあ師匠。この後すぐ湖に向かいましょう。仕事をするのは早い方がいいです。さあさあ」
ソファーから立ち上がり師匠の腕を取る僕。そのままグイグイと入口に向かって引っ張ります。
「ちょ。もっとのんびりしてから行こうよー」
「ダメです。早く行きましょう」
「えー。仕方ないなあ」
むくれる師匠とともに僕は応接室を後にします。扉を閉める前、再度頭を下げた町長さんが見えました。
「あれ? 何か弟子君に言わないといけないことがあったような」
「き、気のせいじゃないですかねー。あはは」
「うーん。まあいっか」
よし。強引でしたけど上手くごまかせたみたいですね。
「あー!」
まずい! 気づかれた!?
「ど、どうしましたか?」
「クッキー、包んでもらうの忘れてた!」
まさかのそっち!?
「弟子君、戻るよ。クッキーが私を待ってる」
今度は僕が師匠に腕を引っ張られることになるのでした。




