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大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる  作者: takemot
第5章 大人で子供な師匠のことを
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第48話 私を……

 突然響き渡る轟音。舞う土煙。倉庫内に差し込む光。倉庫の扉が壊されたのだと気がつくのに、ほんの少しの間を要しました。


 僕が向けた視線の先。そこにいたのは、一人の女性。胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。身にまとうのは真っ黒なローブ。


「え!?」


 それは、まごうことなき師匠の姿でした。


 僕も含め、男性たちも驚きで体を硬直させてしまっています。倉庫内を一瞥した師匠は、ただただ無表情に杖を構えました。


「お、お前。なん、が!」


「ちょ。ど、どうした、ぐえ!」


 扉から近い所にいた二人。彼らが突然その場に倒れ込みます。おそらく師匠が何かしらの魔法を放ったのでしょう。


「くそ!」


 僕の目の前にいた男性は、慌てた様子で杖を取り出しました。そして現れる透明な壁。次の瞬間、パンッと壁に何かがぶつかる音。


「危ねえ! おい、お前ら! ボーっとするんじゃねえ!」


「分かってるよ!」


「くらえ!」


 あとの二人が杖を構えます。ですが最初の二人同様、彼らも一瞬のうちに地面に倒れ伏しました。攻撃を放つ余裕すら、師匠は与えなかったのです。


 これが、『戦花の魔女』。


 子供っぽい?


 だらしない?


 僕に頼りっぱなし?


 全然、違う。


 これまでの師匠は全て僕の見ていた幻だったんじゃないか。そう思ってしまうほどの光景が、今目の前にありました。


「ち。全員やられちまうなんて。のろまが」


「…………」


「し、師匠」


 杖を構えたまま、無言で僕と男性を見つめる師匠。僕の首には冷たいナイフの感触。男性が少しでもその手を引けばどうなるか。想像するに難くありません。


「お前、どうしてここが分かった!?」


「…………」


「おい! 黙ってねえで何か答えやがれ!」


「あなたが知る必要はないよ」


 ゾクッ!


 それは氷のように冷たくて、底知れない深淵を感じさせる声。


「相変わらず、そのクソみたいな性格は変わってねえな。まあいい。お前、今の状況分かってるよな。ちょっとでも不審な動きしてみろ。お前の弟子の命はねえぞ!」


 先ほどより深く押し付けられるナイフ。体を蝕む死の恐怖。


 怖い。


 けど、負けてられない。


「師匠、僕にかまわず攻撃してください!」


「うるせえ! 黙ってろ!」


 首に走る痛み。流れ落ちる数滴の血。


 これ以上この人を刺激すると……いや、でも。


「ねえ、どうすれば彼を解放してくれる?」


「は?」


 師匠の言葉に、男性が一瞬ポカンとした表情を浮かべました。ですがその後、彼の口角がゆっくりと上がります。


「かの有名な『戦花の魔女』が、まさか人質ごときで臆するとはな。いいぜ。お前が俺の言うとおりにすれば解放してやるよ」


「……分かった」


「け。ずいぶん素直じゃねえか。なら、まずは杖を捨てて両手を上げろ」


「…………」


 指示通り杖から手を離す師匠。杖が床に落ち、コツンという乾いた音が倉庫内に響きます。続けて彼女が両手を上げると、男性は「よしよし」と満足そうに頷きました。


「次。床にある杖をこっちへ蹴ってよこせ。もちろん両手は上げたままだ」


「…………」


 師匠は無言のまま男性に向かって杖を蹴ります。


「これで杖のないお前は魔法を使えない。観念するんだな」


 転がった杖を拾いながら醜悪な笑みを浮かべる男性。勝利への確信。大人しく傍観することしかできない僕にも、それがありありと伝わってきました。


「言うとおりにしたけど。そろそろ彼を解放してくれる?」


「は! するわけねえだろうが! まさか本気だったのかよ」


 そんな。じゃあ師匠は何のために……。


 僕が弱いせいで、僕が何もできないせいで、師匠が危険にさらされている。その事実に、僕は歯を食いしばることしかできませんでした。もし自分の体が自由に動かせたらこんなことには、なんて。考えることすらおこがましい。


「やっとだ。やっとこいつを殺れる」


 男性が持つ師匠の杖。その先から灰色の光が放たれます。次の瞬間、杖の周りを囲むように数本のナイフが現れました。ギラリと怪しく輝く刃先。ひとたび男性が杖を振れば、それらは師匠に向かって飛んで行ってしまうのでしょう。


「じゃあな、くそ野郎。あの世で後悔」「ねえ」


 不意に、師匠が口を開きました。言葉を遮られた男性の顔が、ほんの少し歪みます。


「けっ、命乞いか?」


「あなた、勘違いしてない?」


「は? 急に何言って、がああああああ!」


 耳を塞ぎたくなるほどの叫び声。右目を抑えながら床に倒れ込む男性。その傍には、赤黒い血のついた師匠の杖。


 それは一瞬の出来事でした。男性に握られていたはずの杖が突如動き出し、彼の右目に突き刺さったのです。


 世の中にあるほとんどの魔法は、杖を使わなければ使用できません。ですが、僕は知っています。杖を使わずとも使用できる魔法も存在するということを。そして、師匠がそれを習得しているということを。


「私を……」


 手を開く師匠。すると、転がっていた杖が再び動き出し、師匠の手に収まります。彼女はそれを、男性に向けて構えました。


「私を怒らせると、こうなる」


 そんな冷たい言葉と同時。つい先ほどまでのたうち回っていたはずの男性は、ピクリとも動かなくなりました。

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