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大人で子供な師匠のことを、つい甘やかす僕がいる  作者: takemot
第5章 大人で子供な師匠のことを
48/55

第47話 どうぞ

 数分後、話し合いを終えた五人。金色の瞳をぎらつかせながら、男性が僕の方に向き直ります。


「待たせたな。お前の処遇が決まったぞ」


「…………」


「もしお前が俺たちの頼みを断ったら、俺たちがあいつを殺せるまで人質として生かしておく。まあ、頼みを断った罰としてその手足は切り取ることになるけどな」


 手足を……切り取る……?


 言葉の意味を理解するのに、少しの時間を要したのは言うまでもありません。


「ハ、ハハハ」


 口から漏れる乾いた笑い。師匠を殺す道を選ぶか。人質となって手足を切り取られる道を選ぶか。とんでもない二択もあったものですね。


「俺としては、あいつを殺す方が簡単だと思うがな。自分の弟子になら、いくらでも無防備な姿を晒すだろうし。失敗すれば爆弾でドカンだが」


 怖い。


「つーか、他人をかばって手足を切り取られるなんて死んでもごめんだぜ」


 いやだ。


「はっはっは、確かに。選択肢なんてないも同然じゃね?」


 逃げたい。


「おい。黙ってねえで何か答えろよ。どっちを選ぶんだ? ん?」


 助けて。


「こいつ、ビビッて震えてやがる。無理もねえがな」


 …………


 …………


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


 いやだいやだいやだいやだいやだいやだ。


 逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい。


 助けて助けて助けて助けて助けて助けて。


 心の中で繰り返される恐怖の言葉。巨大な渦となったそれは、僕の自我を徐々に浸食していきます。自分が誘拐されたと知った時以上の絶望が、今目の前に。その事実に、僕はもう耐えることができなかったのです。あと数分もあれば完全に気が狂ってしまう。そんな確信すらありました。


「早くどっちか選べっつーの。ダラダラする時間はねーんだよ。おら!」


 醜悪な笑みとともに、男性が僕の頬を勢いよく殴ります。気絶しそうなほどの激痛。口内に広がる鉄の味。


 ですが幸か不幸か。殴られた衝撃が、一瞬だけ僕の冷静さを取り戻させてくれたのです。瞬間、僕の頭に浮かんだのは、彼女の子供っぽい笑顔でした。


『弟子君。いつも、ありがとね』


 …………


 …………


 ああ。


 やっぱり駄目だな、僕って。


 誘拐されて、何もできずに殴られて。


 師匠と対等の存在になりたいなんて、夢のまた夢。


「おいおい。もう一発くれてやろうか。ほれ!」


 痛い。


 すごく痛い。


 でも。


 師匠を……大好きな人を殺すなんて、もっともっと、もっと痛い。


 そうだ。


 師匠を殺すか、自分の手足を切り取られるかなんて。


 すごく簡単な二択じゃないか。


 体の震えは、いつの間にか止まっていました。


「どうぞ」


「は?」


「手足。切るんですよね」


 僕の言葉に、男性がピシリと固まりました。先ほどまでの醜悪な笑みは、もうありません。その代わりに現れたのは、まるで不気味なものを見るかのような歪んだ表情でした。


「……マジか、お前」


「マジですよ。師匠を殺すより、自分の手足を切られる方が何倍もいいです」


 きっと師匠なら大丈夫です。僕を人質にされたくらいで、こんな奴らに負けるとは思えません。そしてこいつらを倒した後、僕は師匠に怒られてしまうんでしょうね。どうしてそんな選択をしたんだって。自分の体をもっと大切にしろって。まあ、それまでに僕が生きていたらというのが条件に付きますけど。


 でも、しょうがないじゃないですか。天秤にかけられたのが、師匠を殺すことなんですから。わがままで。面倒くさがりで。子供っぽくて。そして、僕の大好きな人。そんな人を殺すなんて、絶対できません。


 キッと男性を睨む僕。その時、彼の上半身が小さく後ろに傾くのが分かりました。


「……おい。そこの机にあるナイフ、取ってくれや」


「ん? この小さいナイフで手足を切るのはきつくないか? 魔法でやった方が効率的じゃね?」


「ああ。最終的には魔法でスパッとするさ。ただ、それだと痛みが少ないからな。ある程度焦らしながらの方が、こういう強がってる奴には効果的だ」


 四人組に向かってそう告げる男性。男性の言葉に、その内の一人が「はあ」と大きな溜息を洩らします。


「お前のそういうところ、本当に感心するよ。変にねじが飛んでるっつーか、こだわりが強いっつーか。お前が今着てるローブだって、安くてもっといいのがあるって俺たちが散々言っても変えようとしないし。確か、職人の特別性だったっけ?」


「うるせえな。早くよこせって」


「へいへい」


 男性の手に渡るナイフ。ランプの明かりに照らされたそれは、鈍い輝きを放っています。相手を傷つけることなんて厭わない。そんな、音のしない声が聞こえてくるかのよう。


「どうにか反撃しようったって無駄だぜ。お前の杖は、お前が眠ってる間に奪っといたからな。つっても、手足を縛られたままだとそれもできねえか。せいぜい、自分の選択を恨んどきな」


「御託はいいです。早くやってください」


「ふん。この期に及んで強がるかよ。バカだな、お前」


 ナイフの刃先が僕の腕に近づいてきます。ゆっくりと。それはもうゆっくりと。僕はギュッと目をつぶってその時を待ちました。


 師匠、ごめんなさい。


 不出来な弟子で、ごめんなさい。







 ドガン!!

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