第46話 お前さんに頼みがあるんだ
「ま、ここまではよかったんだがな。あいつが国を追放されてしばらくした頃、今度は俺たちが国から追い出されちまってよ。嘘の話で軍の士気を下げたって言われてな。せっかく戦争で稼いだ金も全額没収。きっとあのクソ野郎が、仕返しで俺たちのことを上の人間に告げ口しやがったんだ。だから、もう一回復讐してやるのさ。今度は、前よりももっと残虐に」
男性の口調は、先ほどよりも明らかに荒々しくなっていました。師匠に対する怒りや憎しみ。それらが心の奥底から漏れ出ているかのよう。
なるほど。だから師匠に復讐なんてしようと…………あれ?
不意に感じる確かな違和感。
師匠が、告げ口?
僕と師匠は長い付き合いがあるわけではありません。ですが、師匠がどういった人であるかは、弟子として把握しているつもりです。そして少なくとも、僕の知る師匠は、他人の不幸を望んで告げ口をするような人ではありません。
絶対に。そう、絶対に。
勘違い、じゃないのかな? 例えば、この人のお仲間がポロッと漏らしてしまったとか。師匠と仲の良かった人が噂の出どころを調べて報告したとか。
「えっと……」
勘違いという可能性に男性が気づいてくれたなら、師匠への復讐を中断してくれるかもしれません。わずかすぎる望みを胸に秘め、僕は彼に伝えるべき言葉を頭の中で模索します。
その時。
ガラガラガラ。
大きな音とともに一瞬だけ明るくなる倉庫の中。おそらく、倉庫の扉を開けて誰かが入ってきたのでしょう。賑やかな話し声。現れたのは、男四人組。
「おー。見張り、ご苦労さん。店が混んでたから遅くなった」
「ほい。お前の分の昼飯」
「ん? そいつ、やっと起きたのか。まさか昼時まで眠ってるとは思わなかったぜ」
「すまん。やっぱり、もう少し軽い睡眠魔法を使っとけばよかったな。あの野郎の弟子って聞いてたから、張り切りすぎちまった」
口々に言葉を放つ四人。僕を見下ろす彼らの顔には、気持ちの悪いニヤケ顔が浮かんでいました。
「おせーよ、ったく。まあいい。メンツもそろったし、そろそろ本題だな」
ニヤケ顔を浮かべる四人を背に、男性はそう切り出しました。鋭さを増す眼差し。その金色の瞳に、今の僕はどう映っているのでしょうか。
「ちょっと、お前さんに頼みがあるんだ」
「頼み、ですか?」
「ああ。それに成功すれば、お前を無傷で解放してやる」
「…………」
今からろくでもないことを頼まれるのは明白。早鐘を打つ心臓。額に滲む汗。唇は渇き、フルフルと震えるのが分かりました。
「そんな難しく考えなくていいぜ。ちょっとの勇気を出せばできることだから安心しろ」
怪しげな前置きとともに、男性は続けてこう言いました。
「あいつを刃物でグサッとしてくれりゃいい」
「……………………は?」
「要するに、あいつを殺せってこと。信頼してる自分の弟子に殺されるなんて。さぞ悔しいだろうよ。はっはっはっは」
「くっくっく。言えてる」
「いやー。お前の残虐さにはいつも驚かされるぜ」
「楽しみだな。あいつ、どんな顔するんだろ?」
この人たちは何を言ってるんですか?
どうして盛り上がってるんですか?
なんで笑うことができるんですか?
目の前の五人組は、別世界の人間だ。もし誰かがそう教えてくれたとしても、僕は疑うことをしないでしょう。得体のしれない気持ち悪さが、胃の奥から沸き上がってきます。
僕が、師匠を、殺す。
そんなこと。
できるわけがない。
「そうだ。念のため確認だが、こいつに付けるための小型の爆弾は準備してるか?」
「ああ。いいやつを仕入れてるぜ。魔力探知もできない優れものだ。一度付けたら専用の道具がないと外せない」
爆弾?
「よく聞けよ。お前があいつに計画をばらしたり、殺しに失敗したりしたら遠隔でドカンだ。まあ、成功すればお前が死ぬことはないさ」
「そんな……」
どんどん逃げ道がふさがっていく感覚。押し寄せる恐怖と絶望が、僕の体を蝕んでいきます。
「ち、ちなみに、今それを断ったらどうなりますか?」
「それなら、お前はもう用済みだから殺して……いや、人質としては使えるか? なあ、お前ら、どう思う?」
男性は後ろを振り返り、四人に問いかけました。
「俺は殺してもいいと思うんだがな。俺たちのことを他の誰かに告げ口されちゃ困る」
「うーん。いや、殺すのはいつでもできる。今は人質として生かしといたほうがいいんじゃないか?」
「俺も生かしておくのに賛成だ。あの野郎とやり合う時、こいつを盾にすれば都合がよさそうだ」
「といっても、断った罰くらいは与えるべきだよな」
「ふむ。両手と両足の骨くらいは折っとくか?」
繰り広げられる話し合い。それがどんな結論に至ったとしても、僕にとっていい結果になることはないでしょう。
ああ、やっぱりこれは夢だ。こんなの、現実であっていいはずがない。
縋り付く思いで目を閉じる僕。このまま眠りにつくことができればどれほど楽だったでしょう。ですが、倉庫内を漂うきつい煙草の臭いと彼らの賑やかな話し声が、それを許してはくれませんでした。




