第42話 作ってくれる人、いないかな
「魔女ちゃん。今日も依頼持ってきたよ」
「いつもありがとう」
「いやー、最近は結構依頼増えたね。順調順調」
おどけたように笑いながら依頼の手紙を差し出す彼女。
彼女の言う通り、仕事の依頼は日に日に増えている。魔法関係の物品修理だけでなく、畑を荒らす魔獣の討伐、魔法薬作成の手伝いなんてものもあった。仕事の幅が広がれば、当然収入も安定する。今では、以前のように大通りで露天商をする必要もなくなっていた。
「あなたが私の名前を売ってくれたおかげだよ」
「あはは。大したことはしてないよ。配達に行った先で、『森の魔女っていう凄腕の魔女がいて~』って世間話するだけだし」
大したことはしてない、ね。
彼女にとってはそうかもしれない。けれど、私にとってはそうじゃない。彼女がいなければ、私は不安定で質素な生活を送り続けていたはずだ。どうにかしてお礼をしたい。
「あのさ。あなた、何か欲しいものとかない?」
「え? 急にどうしたの?」
「いや、いつものお礼がしたいというか。あなたには助けてもらってばかりだし」
「そんなの別にいいって。ボクはやりたいようにやってるだけなんだからさ」
予想はしていたが、彼女は私の提案を断った。だからといって、「ああそうですか」と引き下がるのは嫌だ。
お礼がしたい。別にいいって。同じようなやり取りを何度か繰り返し、やっと彼女は折れてくれた。
「実は、最近気になる帽子があってさー。せっかくだから、魔女ちゃんに買ってもらおうかな」
「う、うん。いいよ」
後日、私は、青色の三角帽子を彼女にプレゼントした。
♦♦♦
「はあ」
そんな私の溜息は、広い室内に静かに溶けていった。誰からも返答はない。私以外ここに住んでいないのだから当たり前だが。
つい最近、二十歳を超えた私。収入は安定し、貯蓄もできた。魔法で家を大きく造り直し、家具もある程度買いそろえた。順風満帆。そう。順風満帆、のはずなのだ。
でもどうしてだろうか。心の中に、モヤモヤとしたものがうごめいているのは。
「……よし!」
私は、とある決心をして家を飛び出す。ほうきを走らせ、町の大通りへ。お昼前ということもあって、かなりの人出。人と人の間をすり抜けながら目的の商店へ行き、食材を購入する。タマネギ、ニンジン、ジャガイモ等々。料理をほとんどしない私がちゃんとした食材を買うなんて、いつ以来のことだろうか。
家に帰り、さっそく食材をテーブルに広げる。そして、心の中のモヤモヤを吹き飛ばすようにこう宣言した。
「シチュー作ろう!」
♦♦♦
数分後。
「おかしい」
鍋の中には、謎の物体。色は紫。妙なにおいもする。明らかにシチューではなかった。
クリームシチューって普通白だよね? 紫じゃないよね? いや、見た目はあれでも味は美味しいかもしれない。
試しにスプーンでそれをすくい、口の中へ。
「……………………は!」
危ない。一瞬、意識が飛びかけた。
思わず鍋から距離をとる私。暗黒のオーラが見えるのは気のせいではないはずだ。
「はあ」
私は、再び溜息を吐く。脳裏によぎるのは、孤児院での記憶。シチューをもっと食べたいと訴えた私。貧乏だからと断られる私。お金を稼ぐため、早く大人になろうと決心した私。
「あ」
不意に気がつく。私の中にうごめくモヤモヤ。その正体に。
そっか。
私、まだ分かってないんだ。
自分が大人になれたのかどうかを。
モヤモヤがさらに大きくうごめく。息が苦しい。体も先ほどより重い気がする。いろいろ放り出して眠ってしまおうかとも思ったが、胃袋が「早くシチューを食べさせろ」と鳴き声を上げている。
「はあ」
三度目のため息。立てかけておいたほうきを手に取り、玄関扉を開ける。今日はレストランのシチューで我慢しよう。ああ、でも。あそこのシチューは何かが違うというか。私が食べたいのは、もっと家庭的な手作り感満載のやつで。
…………
…………
作ってくれる人、いないかな。
…………
…………
なんてね。
町のレストランへ向かってほうきを走らせる。パタパタと揺らめくローブ。風になびく白銀色の髪。飛ぶ鳥の横を通り過ぎ、スピードを上げるためにほうきの柄を握り締める。
その時だった。
『神様のバカ―!』
どこからか、叫び声が聞こえたのだ。
「え?」
上空で停止し、辺りの様子をうかがう。一瞬幻聴かとも思ったが、すぐにその可能性は否定された。
『誰か助けて―!』
再度、叫び声が私の耳に届いたから。
声は明らかに森の中から聞こえた。しかも、『助けて』だなんて。遭難か、はたまた森に住む魔獣に襲われているのか。どちらかは分からないが、助けに行った方がよさそうだ。
上空から声の主を見つけるのは、木々の葉が視界を遮ることもあって困難。私は、地面が見える位置までほうきを下降させ、幹の間を飛び回りながら声の主を探す。
状況によっては手遅れになるかもしれない。そんな不安はどうやら杞憂だったようだ。
「グガアアアア」
私の目に飛び込んできたのは、息を切らしながら走る男の子。そして、彼を追いかけている一体の魔獣。




