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第39話 秘密です

 名も知らないどこかの国。


「ううん」


 ゆっくりとベッドから体を起こす。安宿にあるボロボロのベッド。硬くて妙な臭いがするし、腰も肩も悲鳴を上げている。でも、贅沢なんて言ってられない。だって、今の私は国を追われた身なのだから。財布の中に残っているのは数枚の硬貨のみ。


「はあ」


 自然と漏れるため息。私はどうすればよかったのか。どれだけ考えても分からない。


 牢屋に入れられなかっただけましなのかな。


 無理矢理自分を納得させ、鞄の中から安物のパンを取り出してかぶりつく。固い。苦い。最悪の味。


 国を出て真っ先にぶつかった壁が、お金を稼ぐことだった。今の私は十四歳。どこかで雇ってもらうにはあまりにも幼すぎる。そもそも、仮に雇われたとして、上手くそこに馴染める自信は全くない。また周りから嫌な視線を向けられたら。考えるだけで気持ちが落ち込む。


 大通りで占い師のまねごとをしてみたり、魔法関係の物品修理をやってみたり。私は、たった一人で日銭を稼ぐ生活を続けていた。


 あの子がいてくれたらいろいろ手助けしてくれたのかな、なんて。


 友人の笑った顔が思い浮かぶ。挨拶もなしに国を出たことを彼女は怒っているかもしれない。けれど、どうか許してほしい。冤罪とはいえ私は罪人。逆に彼女はお偉いさんの一人娘。少しだって関わることすらおこがましい。


「さて」


 パンを水で流し込み、私はベッドから立ち上がった。背筋を軽く伸ばし、ラックにかけてあったローブを羽織る。


 今日は別の国に行く予定だ。昨日、子供が一人で商売をしてはいけないと警告を受けてしまった。次同じようなことをしているのがバレたら、刑務所送りになるらしい。どうやらここにも私の居場所はないようだ。


 宿の外に出ると、昨日よりも冷たい空気が肺を満たした。目の前の通りを歩く人はゼロ。立ち並ぶ家や店からも人の気配は全く感じられない。早朝だからだろうか。それとも、この通りを人々が忘れてしまったからだろうか。


 ほうきにまたがり、上空へ。だんだんとスピードを上げながら飛んでいく。いくつもの建物を通り過ぎ、見えてきたのは巨大な門。そこを通過するともう国の外。広がるのは、短い草が無数に生えるただの平原。


 私は、無心で平原の上を進むのだった。




♦♦♦




 いろいろな所を旅した。


 ただただ心の赴くままに。ただただ平穏を求めて。


 命の危機にさいなまれたことも一度や二度じゃない。


 そうして最終的に私がたどり着いたのは、赤いレンガ造りの家々が立ち並ぶ小さな町。


「魔法石の修理、終わりましたよ」


「おお、ありがとう。君、すごく手際がいいじゃないか。まさかこんなに早く修理が終わるなんて思ってなかったよ」


「いえ。これくらいどうってことないです」


 目の前で笑みを浮かべる初老の男性。その手には、先ほど私が直したばかりの魔法石がキラキラと光を放っている。 


 この町では、私のような子供が大通りで商売をしていても何も言われない。他人の行いに寛容な人が多く暮らしているからだろうか。どんな理由にせよ、私にとってはありがたい場所だ。


「そういえば君、最近よくここで見かけるようになったけど、引っ越してきたの?」


 男性が、財布からお金を取り出しながら私に尋ねた。


「えっと……まあ、そうですね」


 曖昧な表情を作りながら答える。私がここにいる理由。見ず知らずの人にそれを告げてしまうほど、私はたいそうな人間ではない。


「そっか。どのあたりに住んでるの?」


「秘密です」


「ほほう。そう言われるとますます気になるね」


「秘密です」


「ヒントだけでも教えてくれないかい?」


「秘密です」


 男性は、なおも私の住む場所を聞き出そうとする。だが、私がそれを誤魔化し続けていると、最後には、「ふむ……」と小さな声を漏らし、その場を去っていった。今のがナンパというやつなのかもしれない。私にはよく分からないが。


「ふう。そろそろ店じまいかな」


 いつの間にか空はオレンジ色に染まっていた。どこからか漂ってくる美味しそうな香りが私の胃袋を刺激する。


 早く帰ってご飯食べよう。


 地面に敷いていたシートや小さな手作りの看板を片付け、ほうきを手に取る。それに乗って浮上すると、通りを歩いていた人々がこちらに視線を向けるのが分かった。


「…………」


 ペコリと軽く頭を下げ、ほうきを前進させる。上空を流れる柔らかな風に身をゆだねながら町の外へ。しばらくして見えてきたのは巨大な森。町の人は、ここを『迷いの森』と呼んでいる。なんでも、一度入ると二度と出ることができないそうだ。まあ、明らかな嘘なのだが。


 まったく。噂なんて、ほんと信用ならないよ。


 森の上を飛んでいると、一つの開けた土地が目に入る。そこにポツンと建つ質素な家。入口に降り立ち、ノックもなしに扉を開ける。何とも言えない不快な香り。しんと静まり返った室内。家具は、魔法で作ったテーブルと椅子のみ。床の上には、ゴミや埃。


「ただいま」


 自然と口から漏れ出る言葉。返ってくるのはただの静寂。

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