表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/55

第3話 サクサク

 ステンドグラスに描かれた赤いバラが特徴の大きな建物。町の名物でもあるそれは、町長さんのいる町役場。


 僕は、ゆっくりとほうきを降下させて建物の傍に降り立ちました。


「師匠、着きましたよ。起きてください」


「うーん。あと五時間」


「あと五分みたいなノリで言わないでくださいよ」


「じゃあ、あと五年」


「なんで増えてるんですか。もう」


 三角帽子を手に取り、つばの部分をグイグイと引っ張る僕。


「い、痛い痛い! ご、ごめん! 起きる、起きるから!」


 そんな叫び声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、僕の手から三角帽子が消えてしまいました。目の前に現れたのは、両頬をさすっている涙目の師匠。丁度僕たちの隣を通りかかった男性が、ギョッとした表情を浮かべたのが見えました。


「うー。乙女の頬を引っ張るなんて」


「あ。今引っ張ったのって頬だったんですね。知りませんでした」


 じゃあ他の場所ってどうなってるんだろう。例えば帽子のてっぺんとか。


「むう。弟子君の乱暴者」


「はいはい。じゃあ行きますよ」


 ほうきを小脇に抱えながら、役場の入り口へ。町長さんから仕事を受けるのはこれで三度目。慣れた部分もありますが、いまだに緊張しちゃいます。何しろ相手はお偉いさんですし。


「なんか甘いもの食べたいなー」


 後ろから聞こえる呑気な声。師匠はいつも通り平常運転のようです。羨ましいというか何というか。


 さて、今回の仕事も頑張るとしましょう。どこかの誰かさんと対等の存在になるために。




♦♦♦




 役場の応接室に通された僕と師匠。ソファーに座って待っていると、不意にガチャリと部屋の扉が開きました。現れたのは初老の男性。顔に浮かぶ温和な笑み。顎に生えた白髭と目じりの深いしわ。身を包む糊のきいたスーツ。いかにもベテランといった風貌の彼は、今回の依頼主である町長さんです。


「ようこそお越しくださいました。森の魔女様、そしてお弟子様」


 向かい側のソファーに腰を下ろし、僕たちに軽く頭を下げる町長さん。


 彼の口にした『森の魔女』とは、師匠の二つ名。きっと、「森に住んでるから『森の魔女』でしょ」なんていう安直な考えで二つ名を付けた誰かがいたのでしょう。ですが、いかに安直だったとしても、二つ名を持つ魔法使いや魔女は希少な存在。要するに、師匠は魔女の中でも一握りの超すごい人なのです。


 そう。超すごい人……のはずなんですけど。


「ご無沙汰しております、町長さん。相変わらずお元気そうで」


 サクサク。サクサク。


「いやいや。最近は体の節々が痛くて。年を取るというのはつらいですな」


 サクサク。サクサク。


「僕にはまだまだ若い見た目に見えますけどね」


 サクサク。サクサク。


「はっはっは。お弟子様はお上手ですなあ。おっと。あまり無駄話をするのもよくありませんね。さっそく本題に」


「あ。ちょっと待ってください」


 僕は、本題に入ろうとする町長さんを制します。そして、大量のクッキーが入ったバスケットを師匠の前から奪い取りました。


「ああ! 私、まだ全部食べてない!」


「大事な依頼を聞こうって時に、御厚意で出されたものを食べ続けるなんて非常識です」


 そのバスケットは、ご自由にお食べくださいと役所の人が出してくれたものでした。師匠は、先ほどからずっとその中に入っているクッキーを食べ続けています。一応、今回師匠は依頼を受ける側。彼女の威厳のためにも、ここは厳しくした方がいいでしょう。


「ううう。弟子君、酷い」


 悲しそうに僕を見つめる師匠。その目には、うっすらと涙が。


「そ、そんな顔したって駄目です」


「ううううう。クッキー」


「……町長さん。これ、持って帰っても大丈夫ですか?」


 あれ? おかしいですね。さっき、師匠に対して厳しくしようと決意したばかりだったのですが。は! まさか、師匠がこっそり魔法を使って僕の気持ちを揺るがせたとか? あ、ありえますよ。だって師匠ですし。一応、超すごい人ですし。


「はっはっはっはっは。若さとはやはり素晴らしいですな。クッキーは後で袋にでも入れてお渡しするとしましょう」


「すいません、本当に」


「いやいや。ところで、仕事の話をしてもよろしいですかな?」


「はい。お願いします」


 ちょっと話がそれてしまいましたが、ようやく本題に入れそうです。はてさて、一体どんな依頼なのやら。


 町長さんは、コホンと一度咳払い。その顔には、温和さとは程遠い険しい表情が浮かんでいました。突然の変化に、僕の背筋がピンと伸びます。


「今回お二人にお願いしたいのは、町外れにある湖の水質調査です」


 え?


 水質、調査?


「なんだか変な依頼だね」


「ですね。てっきり魔法関係だと思ってました」


 首をかしげる師匠と僕。無理もありません。だって、これまで師匠のところに来る依頼は、そのほとんどが魔法関係のものだったのですから。水質調査なら、専用の道具さえあれば魔法が使えなくても行うことができます。それなのにわざわざこうして依頼するということは……。


「お二人が疑問に思われるのも無理はありません。ですが今回の件については、魔法が関わっているかもしれないのです」


「そういう、ことですか」


 やはり何かしら複雑な事情があるようですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
弟子と師匠ものですか。 師匠の物臭が可愛いですね。 だけど仮にも森の魔女。 ここから師匠の活躍に期待したい……が なんかずっとぐーたらしてそう(苦笑
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ