第38話 無実です!
それは突然の変化だった。
「おい、あの噂聞いたかよ」
「聞いたけど……まあ、ありえないことじゃないわな」
声のした方に顔を向けると、そこには二人の男性。私から見られていることに気づいたのか、彼らは足早に向こうへ歩いて行ってしまった。
?
最初は私の勘違いだと思った。けれど、似たようなことが二度も三度も続けば話は別。
なんか、変。
大人たちから避けられているような。好奇の目で見られているような。居心地の悪さが私を襲う。
私、何かよくないことしたっけ?
思い当たる節がない。というか、褒められることしかしていないはずだ。昨日送られた戦場でも功績を残せた。それに、「君のおかげで我が国の勝利は目前だ」とも言われた。
それなのに……。
「どうしてかな?」
「うーん。どうしてだろ」
唯一、私といつも通りに接してくれていたのは、友人である彼女だけ。私の問いに、彼女は首を傾げる。
お偉いさんの一人娘であり、よく軍事施設に忍び込む彼女。昔はすぐに施設から追い出されていたが、今ではもうすっかり諦められたようで。私以外の人と仲良く会話をする姿も度々見かける。そんな彼女なら、この現状について何か知っているかもと期待したのだが……。
心にできたモヤモヤは大きくなるばかり。それを晴らすにはどうすればいいのか。
「ふむ。じゃあ、ボクがいろいろ聞いてみようか。どうして魔女ちゃんを避けてるのって」
「え?」
「ボク、結構口が軽い軍人さんを何人か知ってるし。その人たちなら教えてくれると思うよ」
「…………」
正直、彼女の提案はありがたい。自分が避けられている理由を自分で聞くなんて、ハードルが高すぎるのだから。でも、彼女に頼り切ってしまうのは友人として抵抗がある。
「大丈夫。ボクに任せて」
「でも」
「大丈夫だって」
「……分かった」
この会話の翌日。
いつものように私の前に現れた彼女は、明らかに様子が変だった。ソワソワと体を動かし、目は上下左右に行ったり来たり。私に何かを言おうとして、すぐに口をつぐむ。
「あのこと、聞いてくれたんだよね」
「う、うん」
「教えて」
「で、でも」
「いいから」
思わず語気が強くなる。上半身が前のめりになる。私が避けられている理由は何なのか。それを知りたくて仕方がない。
「……ボク、全然信じないてないからね」
少しの逡巡の後、彼女は告げる。施設に流れる噂の数々を。
曰く、私は、非合法な方法によってとてつもない量の魔力を手に入れたらしい。
曰く、私は、敵国に雇われたスパイであるらしい。
曰く、私は、軍のお偉いさんに気に入られるため、定期的に性的奉仕をしているらしい。
「どういう、こと?」
頭から冷水をかけられたように、体温が急激に低下する。唇が震え、上手く言葉を発することができない。私の心全体を、黒い靄のようなものが覆いつくす。
一体誰がそんな噂を? どうして? 私に何か恨みが?
「昨日はいろいろ聞いて回ったけど、噂の出所までは分からなくて」
「…………」
「ボク、もう少し調べてみるよ。こんな酷いことする奴は絶対許せない」
「…………」
真剣な眼差しを向けてくれる彼女に、私は何も返答することができなかった。
♦♦♦
食堂のテーブルで一人、いつも以上に硬いパンをかじる。
遠くから感じる冷たい視線の数々。それは、私の存在を否定しているかのよう。憶測は憶測を呼ぶ。私に対する噂はますますひどくなる。
私はただ頑張っていただけなのに。自分が早く大人になるために、自分が認められるために、必死で努力しただけなのに。
なんで。
なんで。
なんで。
「おい」
「…………」
「おい!」
「…………」
「おい! 聞いているのか!」
「へ?」
不意に、誰かが私を呼んでいることに気がつく。横に顔を向けると、険しい表情を浮かべた教官が立っていた。
「す、すいません!」
私は椅子から立ち上がり、彼に向かって勢いよく頭を下げた。考え事をしていましたなんて言い訳は通用しない。こういう時は下手なことを言わず、すぐに謝った方がいい。
「何をボーっとしているんだ」
「はい。本当に申し訳ございません」
「まあいい。それより、お前に呼び出しだ」
「呼び出し……ですか?」
「ああ。軍の上層部からな」
突然の呼び出し。それが何を意味するのか、私には全く分からなかった。
だが、すぐに知ることになる。戦場において私が意図的に味方を攻撃し、手柄を横取りした。そんな話が、上層部で話題になっていたことを。
「無実です!」
もちろん身に覚えのない話だ。私は、必死にそれを否定した。
「知らないと言っても、目撃証言もある。言い逃れはできないぞ」
「目撃証言?」
「ああ。君の同期全員が、それを見たと言っているんだ」
「え」
私の同期。つまり、あの五人が……?
『絶対痛い目に合わせてやる』
ああ、そういうことか。
その瞬間、私はすべてを理解した。彼らが、結託して私を軍から追い出そうとしていたことを。嘘の噂を流し続けていたことを。
「君には期待していたのだがね。残念だよ。やはり、ただの浅はかなガキだったということか」
突き放すように告げられた言葉に、私は肩をブルブルと震わせた。




