第35話 耳、痛い
「どうしてできないんだ!」
「だ、だって」
「だってもくそもあるか! こののろまが!」
「う、ううう」
「泣くな! 泣くくらいなら、早く魔法を的に当ててみせろ! 一発も当てられていないのはお前だけだぞ!」
訓練場に教官の怒号が飛び交う。別の孤児院から連れてこられたという男の子が、肩を震わせながら涙を流す。私が軍事施設に来て一か月。もう見慣れた光景だ。
見慣れたくはなかったけれど。
「おら、手が止まってるじゃねえか! 戦争は今も続いているんだ! ボーっとするな!」
教官の言葉に、子供たちの肩がビクリと跳ね上がる。焦ったように魔法を放ち、遠くに設置された的を狙う。だが、中途半端に放たれた魔法が的に当たるはずもなく。そんな光景に、教官がさらに目を吊り上げる。
「貴様ら、この俺を馬鹿にしてるのか!!」
耳、痛い。
私は、教官に気づかれないよう小さくため息を吐いた。
「おい! お前も早く的を狙え!」
「分かりました」
杖を的に向ける私。孤児院で初めて杖を握らされた時は、自分が魔法を使うなんて想像できなかった。けれど、魔法の使い方をみっちり叩き込まれた今なら話は別。
体内にある魔力を杖に伝える。瞬間、杖の先が青白く光り、魔力の塊が飛び出した。それはものすごいスピードで飛んでいき、ドンッという音とともに的の中央を打ち抜いた。
「……よし。次は威力を上げて狙ってみろ」
「はい」
施設に来て気づいたことが一つ。どうやら、私には魔法の才能があったらしい。
三日以内に習得しろと命じられた魔法を半日で習得する。独自のアレンジを加えて既存の魔法をさらに強力なものにする。自分でもよく分からないが、なぜだかそういったことができてしまう。「何となくこうすれば」が上手くはまってしまうのだ。
「ね、ねえ。どうやったらそんなに正確に魔法が撃てるの?」
「どうやったらと言われても……」
「な、何かコツとかあるんでしょ?」
「えっと。魔法を撃つ時、フニャーって力を抜いて、その後ガーって感じかな」
「??」
「おいそこ! 無駄話するな!」
正直、魔法の扱い方を説明するのは苦手だ。なにせ、私自身は感覚でやっていることなのだから。上手く言葉にするなんてできない。
私、誰かに魔法を教える立場になっちゃダメなんだろうなあ。
メキメキと技術を付けていった私は、自然と模範生のような扱いをされるようになった。他の子供たちが怒鳴られる中、私一人が褒められることもしばしば。
「どうしてお前たちはこいつと同じようにできないんだ。戦場で真っ先に死にたいのか?」
「「「…………」」」
皆が私に視線を向ける。
最初こそ、そこには羨望や尊敬があった。
「お前たちももこいつを見習って訓練に励むように。これで午前の訓練を終わりにする」
だが、そんな状態が長く続くことはなかった。
「気に入らないわね」
「ええ」
「何かズルでもしてるんじゃないか?」
「俺もそう思う」
いつのまにか私は、皆からあからさまに嫌われていた。
ただ、私にとって、子供に嫌われるなんてどうでもいいことだった。私の目標はあくまで一つ。大人以上に活躍して、できるだけ早く大人になる。そのためには、周囲の大人に自分の力を認めさせなければならないのだ。
♦♦♦
訓練の合間の食事休憩。施設で暮らす大人も子供もそろってご飯を食べる。普段静かな食堂も、この時ばかりは騒がしい。どこの戦地へ行っただの、戦争が終わったら何をしたいだの。会話は尽きることがない。
「今日もパンだけ……」
周囲の喧騒に混じって、私の隣に座る女の子が呟いた。その悲しげな声を聞き流し、私は支給されたパンにかぶりつく。
固い。
孤児院で出されるパンも硬くてパサついているものばかりだったが、ここのはさらにひどい。それに、スープもないからパンを浸して柔らかくすることもできない。
シチュー、食べたいな。
孤児院で出されていた半年に一回のごちそう。ほのかに甘いミルクの香りといつもより大きく切られた野菜の味わい。毎日のようにそのおいしさを思い出す。
孤児院に戻ったら、また食べれるのかな? いや、だめだ。せっかく魔法の才能があるって分かったんだ。もっともっとここで頑張らないと。
早く大人になるために。
私は、勢いよくパンを胃に詰め込む。午後の訓練が始まるまでまだ時間がある。訓練場で魔法の実験でもしよう。ここでのんびり過ごすよりよっぽど有意義だ。
「おい、あいつ」
「点数稼ぎだ」
「だよな」
「癪に障るぜ」
「ああ。いつか痛い目に合わせてやる」
また私の悪口言ってる。よく飽きないなあ。
足早に訓練場へ向かう。重い扉を開くと、ほんのりと火薬のような香り。室内は薄暗く、小さな窓からはかすかに光が差し込んでいる。隅の方には、訓練用の的やら網、モデルガンなどが無造作に置かれている。
「さて、と」
私は軍服のポケットから杖を取り出す。それを一振りすると、目の前に透明な壁が現れた。
「壁を出す魔法、もっと改良できるよね。えっと……うん。こうすればいいかな」
頭の中に浮かんだイメージを少しずつ形にする。魔法を意のままに操っていく。
「完成。……いや、まだ。まだ何かできるはず」
この時の私は、一体どんな顔をしていたのだろう。




