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第34話 では、始めましょう

 ある日のこと。


「今日は皆さんにやってもらいたいことがあります」


 突然、先生が子供たちを集めてそう言った。先生の横には、スーツをビシッと着こなした男性。ニコニコと作ったような笑顔を浮かべる彼の手には、細長い木の棒が握られていた。


「先生、何するのー?」


「その人だれー?」


 子供たちが口々に質問する。皆、めったに来ることのないお客さんに興味津々だ。もちろん私も。


「この人は国の役人さんですよ。では、お願いします」


 先生の言葉に、役人さんは「はい」と短く返事をし、私たちに向かって話し始めた。


「皆さん、こんにちは」


「「「こんにちは!」」」


「元気がいいですね。素晴らしいです。さて、皆さんには今から、この棒を握ってもらいます」


 棒を握る? どういうこと?


「私知ってる! それ、魔法の杖だよね!」


 首をひねる私。その横で、一人の女の子が大きく手を上げてそう叫んだ。「魔法の杖!?」と周囲の子供たちが反応する。


「正解。これは魔法の杖です。よく分かりましたね」


「杖を握ったらどうなるのー?」


「皆さんの中に、魔法を使える人がいるかどうかが分かります。まあ、簡単なテストだと思ってください」


 魔法……。


 その時、私の心臓がドクドクと早鐘を打ち始めた。それはもう痛いほどに。

孤児院に置かれていた、魔法使いや魔女を題材にした本。物語の中の彼らは、魔法を使って多くの人々を救い、尊敬のまなざしを集めていた。もし私が魔法を使うことができれば、大人以上に活躍して早く大人になれる。自分にもその才能があれば。本を読みながら何度同じことを考えただろうか。


「では、始めましょう」


 そう言って、役人さんは私たちに近づいた。




♦♦♦




「何も起きないよー」


 ビュンビュンと杖を振りながら、女の子は悲しげな声をあげた。


「じゃあ次」


 女の子から杖を取り上げる役人さん。強い力で杖を引っ張られたせいか、女の子の体が少しだけよろける。まだ名残惜しそうな彼女に目もくれず、役人さんは隣にいた男の子に杖を手渡した。


 だが、結果は先ほどと変わらず。杖には何の変化もない。


 同じことが何度も何度も繰り返される。どうやら、魔法を使える人はそう多くないのかもしれない。私の中の期待がどんどん小さくなっていく。


「次」


 吐き捨てるような言葉とともに、役人さんが私の目の前にやってきた。いつの間にか彼の笑顔は消え、眉間にシワが刻まれている。


 なんか、怖いなあ。


 私は、恐る恐る彼から杖を受け取った。三十センチほどの細長い木の棒。表面を指で撫でてみると、肌触りの良い木の感触。


「君、それを利き手で握って力を込めてみて」


「は、はい」


 力を込めるとはどういうことだろうか。力いっぱい握るということだろうか。よく分からないまま、私はとりあえず右手で杖の柄をギュッと掴む。


 その時だった。


 体から何かが抜けていく感覚。いや、杖に吸い取られていくといった方が正しい。これまで経験したこともない状況に体が硬直する。気持ちの悪さはない。とにかく不思議。それ以外の言葉は見つからない。


「「「おお!」」」


 子供たち、先生、役人さん。皆がざわめく。


「え!?」


 思わず声を漏らす私。


 杖の先から、青白い光が煌々と放たれていたから。


「な、何これ!?」


「すごい。こんなに強い光が」


 驚く役人さんを見てようやく気がつく。どうやら私には、魔法の才能があったようだ。


「や、やった!」


 杖を握ったまま、私は両手を空に向かって突き上げた。


「いやあ。まさかこんな逸材と出会えるなんて」


「いつざい?」


「君にはすごい力があるってことだよ」


「そ、そうなんだ。えへへ」


 その後、残った子供たちの調査も終え、役人さんは孤児院から去っていった。


「ねえねえ。どうやったら魔法が使えるの?」


「火とか出せる? やってみて」


「ほうきで空飛べるんじゃない? 誰かほうき持ってきてー」


 降り注ぐ質問の嵐。だが、私はその全てに「よく分かんない」と答えた。そう答えるしかできなかったのだ。そもそも、私はこれまで魔法を使ったことなんてないのだから。


 そんな出来事があって一週間後。再び施設に役人さんがやってきた。


「じゃあ、行こうか」


「行くってどこ?」


「こんなさびれた孤児院よりももっといい場所だよ。君には魔法を使っていろいろなことをしてもらわないと」


 今思えば、なんと怪しい勧誘だろう。しかし、当時の私に彼の差し出す手を振り払う発想はなかった。彼に付いていけば私も魔法が使えるようになる。そんなドキドキでいっぱいだったのだ。




♦♦♦




 連れてこられたのは、今まで見たこともない巨大な建物だった。重厚な石造りの壁。等間隔に並んだ小さな窓。シンプルな外観だが、どことなく物々しさを感じる。


「君は今日からここで生活しながら、魔法の訓練をするんだ。大丈夫。ちゃんと他の孤児院から連れてきた仲間もいるよ」


「え?」


「早く使い物になってよ。戦場ですぐに死なれちゃ困るからね」


 戦……場……?


 後に私は知ることになる。この国では、魔法を使用できる子供を孤児院の中から探し出し、強制的に軍事施設へ送るという決まりがあるのだと。


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