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第32話 それとも……

 心地よい温かさと柔らかさに身をゆだねる。朝、布団でまどろむこの瞬間がたまらない。ぼんやりとしていて曖昧。けれど確かに感じる幸せな安らぎ。許されるならば、いつまででもそれに浸っていたい。


 家の外では、少し前から何やら音がしている。バリン、バリン。物が壊れるような音。最初は何事かと思ったが、数秒もたたず理解できた。弟子君が魔法の特訓をしてるんだな、と。


 最近は、これまで以上に特訓に熱がこもっている。この前出会った旅の魔女に影響されてのことだろう。弟子君にしろ彼女にしろ、魔法の技術を高めたいという気持ちはよく分かる。だって私もそうだったから。でも、弟子君には別の事情もあるような気がする。それが何なのかはよく分からない。それとなく聞いてみたこともあるが、顔を赤くしてごまかされてしまった。


 早く独り立ちしたいから、とか?


 一人前になって旅をしたいから、とか?


 もしそうだったら……嫌だな。


 弟子君が私の元から去る。そんなの想像したくもない。彼にはもっと私の傍でいてほしい。「本当に師匠は相変わらずですね」なんて言いながら、呆れたように笑っていてほしい。ずっとずっと、甘えさせてほしい。


 なんて、ね。


 思わずため息をつく私。起きたばかりで思考のまとまりが悪い。わがままな願望がだだ洩れだ。かつての私が今の私を見たら、きっとコンコンと文句を言うに違いない。「なに子供みたいなことをしているんだ」と。


 ああ、眠気が押し寄せてくる。せっかくだし弟子君の特訓を見にいこうかなんて考えもよぎったがやめだ。もう少し眠るとしよう。


 少しはだけていた布団を肩までかけ直した時、ふとあることに気がついた。


 あれ? さっきから音が聞こえない。


 もしかして特訓が終わったのだろうか。となると、もう少ししたら朝ご飯だ。いい具合に私のお腹もすいている。


 今日のメニューは何かな。できればシチューがいいんだけど。


 そんなことを考えながら耳を澄ませていると、バタンと玄関扉を閉める大きな音が聞こえた。続いて聞こえたのは、トントンと床を踏みしめる足音。


 あれ? 弟子君?


 感じる違和感。自室の前で止まる足音。次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれた。


「や! 魔女ちゃん!」


 魔女ちゃん。私のことをそう呼ぶ人間は世界に一人しかいない。私は、軽くため息をつきながら閉じていた目を開いた。


 青色の三角帽子。軍服風のワンピース。整えられた綺麗な短い黒髪。郵便屋として働く私の友人がそこにいた。


「……おはよう。ふああ」


「起きてたんだ。てっきりまだ熟睡中かと」


「起きたのはさっき。今から二度寝しようとしてたの」


「わお。優雅だねー」


 朝早くから仕事にいそしむ彼女とベッドで横になる私。傍からは、彼女が嫌味を言っているようにも見えるだろうが、私には分かる。彼女の言葉には嫌味の「い」の字もないと。


「弟子君は特訓中だよね?」


「あ。知ってたの?」


「知ってたというか、音が聞こえてたんだよ」


「なーるほど。弟子ちゃん、壁の強度を上げることに専念中だよ。けど、あんまりうまくいってないみたい。難しいもんだね」


「そう」


 壁の強度を上げる、か。いろいろ方法は思いつくが、どうにも説明が難しい。私の場合、ガッと力を入れて、スチャッと魔法を重ね掛けして、ズバッと……うん。やっぱり難しい。


「思い出すな―。小さい頃、魔女ちゃんもああやってよく特訓してたっけ」


「私的には、特訓というよりも実験してる感覚だったけどね」


「魔女ちゃんらしいや。……ん? まてよ。あの時の魔女ちゃんがしてたことを弟子ちゃんに伝えればいいのでは? 壁を二重にするとか、反射魔法とか」


「どうしたの?」


「ああ、いや。こっちの話」


「ふーん」


 適当に返事をして、体を起こす。きっと、今からする話は真面目なものになるだろうから。


「ところでさ。あなた、私に大切な用でもあるんでしょ?」


 彼女の肩が大きく跳ねあがる。図星だったらしい。


「……どうしてそう思うの? ただ世間話しに来ただけかもよ。実際、今日は仕事に余裕がある日だし」


「世間話程度であんなことしないでしょ」


 彼女の背後、部屋の扉に視線を移す。木製の扉は薄赤色の何かに覆われている。あれは隔離の魔法。魔法を解かない限り、誰も部屋に入ることはできない。加えて、音が部屋の外に漏れることも防いでくれる。


「あはは、バレたか。さすがは魔女ちゃん」


「誰にも聞かれたくない話ってことだね。もちろん弟子君にも」


「正解」


 そう言って、彼女は近くにあった丸椅子に腰かけた。制服の襟を正し、まっすぐに私を見つめる。彼女の顔に明らかな陰りがあることを私は見逃さなかった。


「……一応、先にこっちから質問していい?」


「うん」


「その話はさ、『森の魔女』の私に聞かせたい話? それとも……」


 私は続けて言葉を紡ぐ。忘れていた、いや、忘れようとしていた。そんな言葉を。


「『戦花の魔女』の私に聞かせたい話?」


 返事はなかった。そしてそのことが、質問の答えを私に教えてくれた。


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