第31話 糖分が不足してる
数分後。
「や! 終わったよー」
「どんな御用だったんですか?」
「うーん、秘密。そもそも弟子ちゃん。乙女話の内容を聞こうとするなんて、デリカシーが足りないよ」
「す、すいません」
家から出て来た郵便屋さんは、不自然なほど明るい笑顔を浮かべていました。よほどいい話だったに違いありません。
「さて、ボクはそろそろ仕事に戻ろうかな。あ、そうだ。さっきふと思いついたことなんだけどさ。弟子ちゃんの特訓内容、ちょっと変えた方がいいかも」
「え?」
特訓内容を変える?
「弟子ちゃんは壁の強度を上げることに専念してるけど、いろいろ限界があると思うんだよね。例えば、壁を二枚重ねて出すとか、相手の攻撃を反射させる魔法をかけるとか、できそうなことはまだまだあるんじゃない?」
「な、なるほど」
壁を二枚重ねる。確かにそれなら単純です。使う魔力量も二倍になりますけど、強度を上げようと試行錯誤するよりはいいかもしれません。
あとは、攻撃を反射ですか。うーん。そういう魔法、師匠の部屋にある魔導書に載ってたような。
「ま、気長にいこうよ」
身にまとう軍隊風のワンピース。その襟を正しながら、郵便屋さんはほうきにまたがります。大きなカバンの紐を肩に懸け、ゆっくりと上空へ。
「じゃあね、弟子ちゃん。特訓頑張って」
「はい。今日はありがとうございました」
飛び去って行く郵便屋さんの後ろ姿に手を振り、僕は再度杖を握るのでした。
♦♦♦
「弟子君、おはよう」
「おはようございます、師匠。といっても、もうすぐ十二時が来ちゃいますけど」
師匠がリビングに姿を現したのは、いつもよりも遅い時間でした。きっと、郵便屋さんと会った後に二度寝でもしたのでしょう。いや、三度寝かもしれませんね。
「とりあえずご飯作ってるので食べちゃってください。その後は、郵便屋さんが届けてくれた依頼の確認しましょうね」
「…………」
返答はありませんでした。黙って僕を見つめる師匠。彼女の唇はフルフルと痙攣しています。言いたいことがあるのに言えない。そんな風に。
「あれ? どうかしましたか?」
「…………」
「師匠?」
「…………」
駆け巡る不安。師匠と暮らし始めて一年以上たっていますが、こんなことは初めてです。
「師匠、本当にどうしたんです? もしかして、具合でも悪いとか?」
「……弟子君」
やっと口を開いてくれた師匠。彼女からどんな言葉が飛び出すのか。僕の喉からゴクリと大きな音が聞こえました。
「あの、ね」
「は、はい」
「…………」
「…………」
「糖分が不足してる」
「へ?」
今、妙なことを言われたような。気のせい?
「だから、糖分が不足してるんだよ」
気のせいじゃなかった。
「ちょっと意味が分かりません」
「さっき見た夢でね、私、甘いもの食べ放題の世界にいたんだ。クッキーとかケーキとか、どれだけ食べても減らないの」
「それは幸せですね」
「まだまだ食べたかったのに、夢から覚めちゃったから。今この体は、糖分が大量に不足してるんだよ」
「はあ」
「というわけで弟子君。甘いものプリーズ!」
「いや、夢と現実をごっちゃにしないでくださいよ」
まったく。やっぱり師匠は師匠でした。さっきの妙な態度は何だったのやら。
「お願いー」
「まずはちゃんとご飯食べてからです。その後ならいいですよ。ちょうど昨日の買い物でチョコレート買ってますし」
「やった!」
両手を上げながら喜ぶ師匠の姿に、僕の口元は自然と緩んでいくのでした。




