第30話 ボクのことも守ってくれる?
「だめだー」
うなだれながら僕はその場に座りこみました。冷たい地面の感触。青々しい草の香り。思わず寝転びたくなってしまいます。
「お疲れ様」
つられるように、僕の横に腰を下ろす郵便屋さん。帽子を外し、ふうっと一息。
「やっぱり、上手くいきませんね」
「うーん。魔法って微妙な調整が必要なものだから。少しずついろんな方法を試していけばいいんじゃないかな。ボクも時間があるときは協力するから」
「ありがとうございます」
結局、あの後も何度か同じことを繰り返しましたが、思ったような結果は得られませんでした。僕の作った壁は、郵便屋さんの攻撃に全く耐えることができなかったのです。
といいますか。郵便屋さんって、もしかしてすごい魔女なのでは? だって、あんなに強い攻撃魔法が使えるくらいですし。いや、僕の壁が弱すぎるだけ?
「ところでさ」
「はい」
「弟子ちゃんが特訓してるのって、魔女ちゃんのためだよね?」
「ゴフッ!」
吹き出してしまう僕。いつのまにか、郵便屋さんの顔にはニヤニヤとした悪い笑みが浮かんでいます。どうやら彼女のからかいモードが発動してしまったようです。
「お、いい反応。図星ってやつだ」
「そ、そそそれは、まあ」
「魔女ちゃんがもし危険にさらされたら守ってやるぞー的な?」
「……ノーコメントで」
「あはは。魔女ちゃんは愛されてるねー」
「からかわないでくださいよ」
「ごめんごめん」
謝られてるのに全然そんな気がしないんですが。
からかい好きの郵便屋さん。そんな彼女が僕の想いを知ってしまっている。考えてみれば最悪の状況です。きっと今後も僕はからかわれ続けるんでしょうね。はあ。
ふわりと肌を撫でる風。心地よい冷たさ。もう本当に寝転んじゃいましょうか。
「……ねえ、弟子ちゃん」
「からかわないでください」
「ま、まだ何も言ってないよ」
「念のためです。で、どうしました?」
顔を横に向ける僕。そこにいたのは、からかいモードの郵便屋さんではありませんでした。
視線をあちらこちらへさまよわせ、手は開いたり閉じたり。頬にはほんのり朱が差しています。突然の変わりように、僕は思わず「え?」と声を漏らしていました。
少しの無言の後、郵便屋さんは口を開きます。
「弟子ちゃんはさ、ボクのことも守ってくれる?」
ん?
どゆこと?
「ほ、ほら。前にボクが仕事中に気絶しちゃったことあったでしょ。そういうふうにピンチになる場面って、生きてれば何度か経験すると思うんだよね。で、さっき弟子ちゃんは魔女ちゃんのことを守りたいって言ってたから……あ、いや、違うか。ボクが勝手に言ってただけか。ま、まあとにかく。ボクのことも守ってくれたら嬉しいなーなんて」
「えっと」
「も、もちろん無理にとは言わないよ。弟子ちゃんは魔女ちゃんのことが好きなわけだから、魔女ちゃんを優先してあげてほしい。こう。気が向いたらでいいんだよ。気が向いたらで。あはは。ど、どうかな?」
こちらの体がのけぞってしまうほどのすさまじい早口。目の前にいる僕に言っているような、自分に言い聞かせているような。どうにも曖昧な感じ。
「す、ストップストップ。郵便屋さん、ちょっと落ち着いてください」
「ぼ、ボクは落ち着いてるよ」
プイッと横を向く郵便屋さん。
「いやいや。明らかに様子が変ですって」
「それは弟子ちゃんの見間違い。きっとそう」
「ええ……」
もう何が何やら。
どうしてこんな話になったのか。どうして郵便屋さんの態度が急変したのか。分からないことはたくさんあります。ですが、分かることも一つ。
郵便屋さんのことを守るかどうか、なんて。
「あの。そもそもどうしてそんな当たり前のこと聞くんですか?」
「……ふえ?」
再びこちらに向けられる顔。彼女の目は、大きく大きく見開かれていました。
「郵便屋さん?」
「えっと。あ、当たり前?」
「もちろんです。第一、以前も言ったじゃないですか。『もし次、郵便屋さんがピンチになったら、絶対に自分の力だけで郵便屋さんを守ってみせますから』って」
「……あ」
どうやら忘れちゃってたみたいですね。僕は忘れてませんよ。あの日は本当に衝撃的な一日だったんですから。
脳裏に蘇る記憶。ほうきから落下する郵便屋さん。届かない僕の手。助けてくれた師匠。安心と同時に訪れたとてつもない悔しさ。無力感。
「あのですね。郵便屋さんは僕の大切な人なんですから。守らないわけがないでしょ」
「…………」
「聞いてますか?」
「ふひゃ! そ、そそそうだったね。そうだった」
真っ赤な顔。落ち着きなく揺れる体。緩んだ笑み。本当に今日の郵便屋さんはどうしてしまったのでしょう。
「大切……えへへ」
「ん? 何か言いました?」
「い、いや、別に」
「はあ」
「あ。そ、そういえば、ボク、魔女ちゃんに用があるんだった。弟子ちゃん、ちょっと家にお邪魔するね」
僕の返事も待たず、勢いよく立ち上がった郵便屋さんは家の中へ。バタンと扉の閉まる音が大きく響きました。
「師匠に用? 珍しいなあ」
何か特別な依頼とかでしょうか。けど、あの師匠ですからね。素直に引き受けてくれるかどうか。




