第29話 まだ慌てる時間じゃありません
早朝。家の外。
僕は、杖に魔力を込めながら、空中で四角を描くように動かします。すると、僕のすぐ目の前に透明な壁が現れました。
これは、衝撃や熱、圧力などを遮断してくれる壁。多くの魔法使いが、自分を守る盾として使用してるものです。魔法の扱いに疎い僕でさえ覚えるのは容易。いわゆる初級魔法というやつですね。
ですが、使い手の技量によってその強度は大きく異なります。
「うーん。これ、前より強度上がってるのかな? 分かんないや」
試しにノックの要領で壁を叩いてみます。ですが、コンコンと軽い音がするばかり。強度なんて分かりません。
一旦、杖に込めた魔力を解いて壁を消し、ローブの内ポケットに入れておいた小さな魔導書を取り出します。印を付けておいたページを開き、一読。書かれているのは、魔力量と壁の強度について。とりあえず、杖に込める魔力量を多くしておけば大丈夫……とのことですが。
「これでいいんだよね? でも、確かめる方法がないとなあ。師匠に頼るのは多分時間の無駄だろうし」
自分がなかなかに酷い発言をしているのは分かっていますが許してください。
師匠は魔法の天才です。けれど、魔法を教えることに関しては別。「グワー」、「フニャー」、「ビューン」。そんな、よく分からない表現ばかりが飛び出します。凡人である僕の理解力では追いつくことができません。
「となると……」
「おーい」
突然、上空から聞こえた声。顔を上げると、そこにはほうきに乗った一人の女性。青色の三角帽子。軍服風のワンピース。整えられた綺麗な短い黒髪。
「あ。おはようございます。郵便屋さん」
「おはよう。弟子ちゃん」
地面に降り立つ彼女。そのまま、肩にかけた大きな鞄から一枚の封筒を取り出します。
「はい、これ。今日配達分の依頼書」
「お勤めご苦労様です。いつもありがとうございます」
「ふふ。弟子ちゃんは相変わらずだね。それより、こんな朝早くから何してたの?」
郵便屋さんは、僕の右手にある杖を見ながらそう尋ねました。
「ちょっと魔法の特訓でもと思いまして。どうにも上手くいってませんけど」
「なるほど。弟子ちゃんこそお疲れ様、だね」
ふむ。彼女がここにいるということは、今は大体八時くらいですか。きっと師匠はまだ寝てますね。朝ご飯の準備はもう少し後でもよさそうです。
「そうだ。もしよかったらちょっと手伝おうか?」
「え?」
「今日は仕事にかなり余裕があるし。少しくらいなら大丈夫だよ」
「ほんとですか!? やった!」
なんという幸運。ありがたやありがたや。
♦♦♦
「ふむ。壁の強度か。なら、ボクが攻撃魔法を何度か当ててみようか。そうすればある程度の強度は調べられるんじゃない?」
「助かります。それでやってみましょう」
とんとん拍子に話は進み、いざ実践。
僕は杖に魔力を込め、少し離れた所に壁を作り出します。強度を上げるため、込める魔力量は多めに。体内からいつも以上に力が吸い取られていく感覚。
僕の横では、郵便屋さんが「おいっちに―。おいっちにー」と準備運動中。
「さてと。やりますか」
そう言って、郵便屋さんは地面に置いた鞄の中から杖を取り出します。所々に傷の見られるそれを振るうと同時。杖の先が赤く輝き、頭上に氷のつららが数本現れました。つららは太陽の光を反射し、キラキラと美しい輝きを放っています。
「それにしても、郵便屋さんが攻撃魔法を使えるなんて意外ですね」
「ふふふ。いろいろ攻撃魔法は見てきたからね。基礎的なやつならお茶の子さいさいだよ」
「はあ」
不敵に笑う郵便屋さん。
いろいろ攻撃魔法を見てきたってどういうこと?
「じゃあ行くよ」
「よろしくお願いします」
まあいいです。今は目の前の特訓に集中。郵便屋さんの攻撃魔法がどれほどの威力かは分かりませんが、さすがにつららの二、三本なら耐えることができるでしょう。願わくば五本くらいまでいけたらいいんですけど。
「せい!」
郵便屋さんは、再度杖を振るいます。すると、頭上にある一本のつららがものすごい勢いで壁に向かって飛んでいきました。それは、鋭いやりのように壁にぶつかり、そして……。
バリン!
壁を粉々に砕いてしまいました。
「……壊れちゃったね」
「……そ、そうですね」
「…………」
「…………」
き、気まずい。
「も、もう一回やってみようか」
「お願いします」
ふむ。きっと何かの間違いでしょう。そうに違いありません。
僕はコホンと小さく咳ばらいをし、再度壁を作り出しました。
え? 壁の位置が少し遠くなったじゃないかって? あはは。まさかまさか。
あ。魔力量、さっきより多くしとこ。
「準備できました」
「よ、よーし。そいや!」
振られる杖。飛んでいくつらら。
バリン!
「…………」
「…………」
オーケー。まだ慌てる時間じゃありません。
「郵便屋さん。もう一回お願いします。もちろん手加減とかは無用ですので」
「う、うん」
引きつった笑顔を浮かべる郵便屋さん。その目は上下左右に行ったり来たり。明らかに僕から視線をそらそうとしています。
この後、僕たちは何度も何度も同じことを繰り返すのでした。




