第2話 最後に、ビューンみたいな?
食事が終わり、身支度を整えいざ出発……の前に。
「弟子君。今日もよろしくね」
「いいですけど。たまには自分で移動しません?」
「断る」
「ですよねー」
まあ分かってましたとも。
師匠は仕事に行くとき、魔法でとある物に変身して僕に運んでもらうのです。自分でほうきに乗って移動するよりも楽だからという理由で。
「早く終わる仕事だといいなー」
そう言いながら、師匠は手を広げました。次の瞬間、手の中にどこからともなく三十センチほどの細長い杖が現れます。
「その杖の出し方、どうやってやるんですか?」
「ふふふ。企業秘密だよ」
杖は、魔法使いが魔法を使用する際に必要なものです。ほとんどの魔法は杖を使わなければ使用できません。ですが中には、杖を使わずとも使用できる魔法も存在するのです。例えば、師匠が今見せたもの。杖を一瞬で手の中に出現させる魔法……あれ? 杖を自由に移動させる魔法でしたっけ?
「さ、行こっか」
杖で自分の頭をちょこんと叩く師匠。すると、一瞬のうちに彼女の姿が消えてしまいました。後に残ったのは、先ほどまで存在していなかったはずの物。色は真っ黒。山のような見た目。その山を囲む大きなつば。
「了解です」
僕は、目の前の三角帽子を頭の上に載せ、玄関扉を開けました。
♦♦♦
「今日はいい天気ですね」
風に揺れる草花と木々。降り注ぐ太陽の光が、彼らを温かく照らしています。
僕と師匠が住む『迷いの森』。背の高い木々が生い茂り、昼間ですら真っ暗。特別な事情がない限り入ろうとする人はゼロ。ですが、そんな森にも唯一、太陽の光がサンサンと降り注ぐ開けた場所があるのです。そこに建っているのが、僕と師匠の住む家。
僕は、扉横に立てかけておいたほうきを手に取り、柄の部分にまたがりました。ほうきに魔力を込めると同時、ゆっくりと地を離れる足。そのままある程度の高さまで上昇し、町へ向かって飛んでいきます。
「弟子君も成長したねえ」
不意に、頭の上に載った師匠がそう呟きました。
「何がですか?」
「ほうき。もう扱いは完璧だね」
「まあ、たくさん練習しましたから」
「ふふふ。私の教えのおかげでもあるよね」
今、僕の目に師匠の顔は映っていません。ですが何となく、ドヤ顔を浮かべているような気がします。
「…………」
「え? なんで無言になるの?」
「いえ。別に」
僕の脳裏に浮かび上がる光景。大量のお菓子を作ることを条件に、師匠からほうきの飛び方を教わろうとしていた頃。
『まずは、グワーって感じで』
『そこから、フニャーって力を抜いて』
『最後に、ビューンみたいな?』
…………
…………
ハハハ。
そもそも師匠は、ほとんど僕に魔法を教えてはくれません。たまに気まぐれで教えてくれることもありますが、その教え方は酷いものです。天才は他人に指導するのが下手という言葉をどこかで聞いたことがありますが、師匠はまさにそれですね。
結局のところ、僕の魔法に関する技術のほとんどは、本を見ながら独学で身に付けたものなのです。
なんだかなあ。
数分飛び続けて森を超えると、そこには大きな町が広がっていました。赤いレンガ造りの家が数多く立ち並び、通りにはたくさんの人が歩いています。空の上には、何人かのほうきに乗った魔法使い。彼らはきっと仕事中なのでしょう。右へ左へ、忙しそうに飛び回っています。
「今日はちょっと人が多いかも。気をつけて飛ばないと」
「おーい」
突然横の方から聞こえた声。見ると、一人の女性がほうきに乗って近づいてきます。年齢は師匠と同じくらい。彼女は、青色の三角帽子をかぶり、軍服風のワンピースに身を包んでいます。三角帽子の下から見えるのは、整えられた短い黒髪。肩には重そうな鞄をかけていますが、ふらつく様子は微塵もありません。
「魔女ちゃん、弟子ちゃん、こんにちは!」
僕たちのすぐ前でほうきを停止させた彼女は、にこやかに笑いながら挨拶をしてくれました。
「こんにちは。郵便屋さん」
彼女は郵便屋さん。毎日ほうきに乗って郵便物をあちこちに運んでいます。普段、僕たちの家に人が来ることはほとんどないのですが、彼女だけは例外。師匠に対する依頼の手紙は、いつも彼女が持ってきてくれるのです。あまり詳しく聞いたことはありませんが、師匠とはまあまあ長い付き合いなんだとか。
「三角帽子姿の魔女ちゃんもここにいるってことは、仕事だよね。ボクが届けた依頼?」
「そうですね。町長さん直々のやつです」
「いやー。お偉いさんに仕事依頼されるなんて二人も大変だねー」
「大変なのは郵便屋さんもじゃないですか。いつもお勤めご苦労様です」
「ありがとう。相変わらず弟子ちゃんは優しいね。っと、あんまり話しこんでたら遅れちゃうや。またね、二人とも」
僕たちに小さく手を振り、郵便屋さんは遠くへ飛んで行ってしまいました。きっと今も配達の途中なのでしょう。
「郵便屋さん、本当に仕事熱心ですよね」
「…………」
「師匠?」
なぜか僕の言葉に師匠が反応してくれません。不思議に思い、僕は頭の上の三角帽子をツンツンと指でつついてみました。
「むにゃむにゃ。えへへ。弟子君……zzz」
あ。寝てますね、これ。郵便屋さんの登場にも無反応だったのはそのせいですか。
「はあ。仕方ないなあ」
僕は小さくため息をつき、依頼人である町長さんの元へとほうきを走らせました。




