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第27話 一年後です!

 立ち上がり、両拳を空に伸ばしながら叫ぶ旅人さん。


 あまりに突然の出来事すぎて、僕も師匠も困惑するしかありません。


「…………よし!」


 何かを決心するように、旅人さんは力強く頷きました。海を思わせる瑠璃色の瞳が、まっすぐに僕たちを捉えます。


「魔女さん。お弟子さん」


「「は、はい」」


「今日はお二人に負かされちゃいました。すごく悔しいですけど、今の私じゃダメだってことも分かってます。だから……」


 大きく息を吸い込み、旅人さんは叫びます。


「一年後です!」


 その言葉には、はっきりとした熱がありました。


「一年後、私、絶対にここに戻ってきます!」


 その言葉には、はっきりとした重さがありました。


「もっともっといろんな所に行って、もっともっといろんな人と勝負して、もっともっと強くなって戻ってきます!」


 その言葉には、はっきりとした力がありました。


「だからその時は、また私と勝負してください! お願いします!」


 旅人さんは、僕たちに向かって勢いよく頭を下げます。突然のリベンジ宣言に、僕と師匠は呆気に取られ、何も言えずに固まってしまいました。


「…………」


「…………」


「…………」


 訪れる静寂。風になびくローブの音が妙に大きく聞こえます。


 なんで……。


 ふと、両手に感じる痛み。見ると、手のひらにくっきりと爪の跡。自分が両手を強く握り締めていたのだと、この時初めて気づきました。


 なんで、この人は……。


「こほん。まあ私は別に構わないよ」


 静寂に耐えかねたのか、師匠が口を開きました。


「ほ、本当ですか!? 魔女さん、ありがとうございます!」


「別にお礼とかいいから」


 ちょっぴり突き放すような口調ですが、面倒くさがっている様子はありません。師匠にとって、旅人さんからのリベンジは、仕事や家事とは違い「嫌なもの」には入らないようです。


「一年後、またお手合わせよろしくお願いします」


「はいはい。あ、次来る時はお菓子の差し入れがあると嬉しいかな」


「持ってきます! クッキーですか? チョコレートですか? それともケーキですか?」


「全部!」


「……お金、稼いでから来ないと」


 弾む二人の会話。普段の僕なら、師匠の言葉をいさめていたことでしょう。ですが今、僕にはそれができませんでした。突如うごめき始めた感情の渦に心を飲みこまれてしまっていたからです。


「あの。旅人さん」


「はい。……あ、もしかして、私と勝負するの御迷惑でした?」


「い、いや、そんなことないです。ただ、一つ聞いてみたいことがあって」


「聞いてみたいこと?」


 首をかしげる彼女に、僕は尋ねます。


「……どうして、そんなに強くいられるんですか?」


「え?」


「どうして、ボロボロに負けても、諦めないで立ち上がることができるんですか?」


 僕の声は、少しだけ震えていました。


 これまで幾度となく師匠の力を目の当たりにしてきた僕。ですが今日見せられたものは、あまりにも今の僕とかけ離れた力だったのです。僕たちの間にあるのは、絶望的なまでの差。それを自覚せざるを得ませんでした。


 そして、思わず考えてしまったのです。諦めようかな、と。師匠と対等の存在になるなんて無理だ、と。師匠と出会ってから一年と少し。ずっとその夢を追いかけてきたはずなのに。


 ですが旅人さんは違います。勝負に負けて、こちらが心配になるほど落ち込んで。それでも立ち上がってくる。圧倒的な力の差を見せつけられてもなおリベンジを誓う。


 羨ましくなるほどの諦めの悪さ。いや、折れない精神。果たしてその強さは一体どこから来るのか。聞いてみずにはいられませんでした。


「どうして強くいられるか……ですか」


 僕の質問に、旅人さんは顎に手を当てて考え始めます。彼女からどんな答えが返ってくるのか。トクトクと刻まれる心臓の鼓動を感じながら、僕は彼女の言葉を待ちました。


 そうしていくらか時間が経って。草原に一陣の風が吹いた時。


「ちゃんとまとまってないですし、抽象的な答えですけど、いいですか?」


「はい」


「……私、今までの旅でいろんな人と勝負してきたんです」


 顔を少し上に向ける旅人さん。きっと、その目に映っているのは、僕の知らない景色。彼女がたどってきた、これまでの軌跡なのでしょう。


「新しい国に着いたら、強い魔法使いや魔女はいないか聞き込みをして。直接行って勝負してほしいって頼みこんで。勝つこともありましたけど、ボロボロに負けることの方が多くありました。こっちが勝ったんだから全財産をよこせって脅迫されたことだってあります」


「ど、どうなったんですか?」


「あはは。もちろん全速力で逃げましたよ。それで、ある日思ったんです。負けて悔しい思いをするくらいなら、騙されて辛い思いをするくらいなら、いっそのこと全部諦めてしまおうって。魔女としての力を高めるとか、そんなのどうでもいいじゃないかって」


「…………」


「その日の夜、明日は故郷に帰ろうと決心してから宿のベッドに入りました。いつもの私なら、ベッドに入ったら数分で眠っちゃうんです。でも、その日は全く眠れませんでした。ずっと、眠るのを邪魔されてたからです」


 旅人さんは、続けてこう告げました。


「心の中にいる、本当の自分に」


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