第25話 先手必勝です!
師匠は、手を僕の方に向けながら高らかに宣言しました。ちなみに、テーブルの上のクッキーはいつの間にか全てなくなってしまっています。おそらく、僕と旅人さんが話している間に、師匠が食べてしまったのでしょう。
十枚以上あったのに……。
「ど、どうしてですか? 私のクッキー、微妙でした?」
「もちろん美味しかったよ。でも、弟子君のクッキーの方が甘くて私好みだったんだ」
そう。師匠はとんでもない甘党なのです。師匠が毎朝飲む紅茶には、角砂糖がたっぷり入っています。具体的には、小さなティーカップに最低三つ。時折四つ。甘すぎるとダメなんて言葉、師匠の辞書には存在しません。
「そ、そんな……」
がっくりうなだれる旅人さん。彼女の長い桃色の髪が、顔を覆いつくすように垂れ下がります。これでもかというほど落ち込んでますね。薄々思ってはいましたが、旅人さんはかなり負けず嫌いのようです。
「カロリーも大事だけど、それ以上に甘さも大事だよね」
「むぐぐぐぐ……ううううう……」
すごい唸ってる。
そもそも、この勝負は師匠の好みを熟知している僕の方が断然有利だったのです。そこまで落ち込む必要もないと思うんですけど。
「こんなんじゃ、立派な魔女になれない」
「た、旅人さん。さすがにそれは言いすぎですって」
「……よし」
旅人さんは、何かを決意したように顔を上げました。その視線の先にいるのは、優雅におやつ後の紅茶を楽しむ師匠。
「もう一回!」
「え?」
「もう一回、お菓子作り勝負お願いします! 今度は魔女さんと!」
…………おや?
「わ、私!?」
「はい!」
決意のこもった力強い頷き。横で見ている僕にも伝わってくるほどの熱量。
「お弟子さんにも勝てなかった私が、その師匠である魔女さんに同じ勝負を挑もうなんて、厚かましいことは分かってます。でも私、やっぱりあなたと勝負がしたいんです」
「わ、私と勝負……お、お菓子作り……え、えっと……」
口をパクパクと動かす師匠。助けを求めるように僕へ視線を送ります。
うん。ダメです。
そんな師匠を突き放すべく、僕は顔をそらしました。元はと言えば、師匠のでまかせから始まった勝負です。その責任は自分で取るべきでしょう。
断りづらい雰囲気。ですが断らなければ自身の嘘がバレるのは明白。はてさて、師匠はどうするのやら。
僕たちの間に流れる沈黙。壁にかけてある時計の針が、カチカチと決まったリズムで音を響かせます。
「……分かった」
沈黙を破ったのは、師匠の絞り出すような声でした。
「ほ、本当ですか!? やった!」
「た、ただし、勝負は別の方法で」
「え?」
不思議そうに首をかしげる旅人さん。
師匠は、かつてないほどぎこちない笑顔を浮かべながらこう言いました。
「あなたが最初にやりたがってた、魔法を使った勝負しようか」
なるほど、そう来ましたか。
♦♦♦
僕たちの住む家は、『迷いの森』で唯一、太陽の光が降り注ぐ開けた場所にあります。といっても、そこまで土地が広いわけではありません。魔法を使った勝負をするには少々手狭です。というわけで、僕たちは森を抜けた先にある草原地帯へとほうきで移動しました。
「私、本気でいきますからね」
「ん。りょうかーい」
距離をとって向かい合う旅人さんと師匠。旅人さんは、どこか緊張した面持ち。ですが師匠は、とてもリラックスした様子。
不意に、二人の間を強い風が吹き抜けます。桃色の髪と白銀色の髪が、サッと風に揺らめきました。
「お二人とも、準備はいいですか?」
少し離れた所から声をかける僕。二人が頷くのを確認し、ローブのポケットから杖を取り出します。杖に魔力を込めて一振りすると、目の前に透明な壁が現れました。
勝負の前。僕は、攻撃に巻き込まれないようにしなさいと二人から言われていたのです。師匠はもちろんですが、旅人さんもかなりの実力者であることは明白。離れた所で見ているとはいえ、何が起こるか分からないのです。数年前の他国では、戦争で魔法使いや魔女が戦う光景を見ることもできたそうですが、戦争が終わった今ではそうそう見られるものではありません。
勉強、させてもらいますよ。
「では、始めてください!」
声を張り上げ、僕は勝負の開幕を宣言しました。
「先手必勝です!」
師匠に杖を向ける旅人さん。次の瞬間、杖の先が緑色に光ったかと思うと、握り拳サイズの魔力の塊が現れます。それは、ものすごい速度で師匠の方へ。そして、ドンッと大きな音が辺りに響いて……。
「……え?」
理解ができませんでした。
魔力の塊が、師匠の目の前で『何か』にぶつかって消滅したのです。
「まだまだ!」
旅人さんは、魔力の塊を次々に放ちます。しかし、その全てが先ほど同様、師匠に届くことはありません。
どういう、こと?
師匠は、ただただ立っているだけ。その右手には、いつの間に取り出したのか杖が握られています。杖の先は青白く光っており、魔法を使っていることは分かりました。ですが、どういった魔法を使っているのかは見当もつきません。
「これなら!」
魔力の塊ではらちが明かないと思ったのでしょう。攻撃を一旦止めた旅人さんは、杖を真横に振りました。すると、熱線のようなものが現れ、地面の草花を切り裂きながら師匠へと向かっていきます。
ドンッ!
「な、なんでえ?」
待っていたのは、同様の結果でした。




