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第22話 い、痛くありません!

 それは、ある日のお昼過ぎ。前日に郵便屋さんから送られてきた依頼をこなし、家でのんびりとしている時でした。


『きゃあああああ!』


 突如、外から聞こえた女性の悲鳴。そして、ドシンという何かが落ちるような音。思わず自分の肩が大きく跳ね上がります。


「い、今の何!?」


 どうやら、自室でお昼寝をしていた師匠にも悲鳴が聞こえたようで。慌てた様子で部屋から飛び出してきました。


「そ、外ですかね?」


「か、かも」


「…………」


「…………」


「行ってみましょう」


「う、うん」


 僕と師匠は、ゆっくりと玄関扉へ。先ほど以降、何も目立った音は聞こえません。警戒しながら扉を開け、慎重に外を覗き見ます。


「え?」


 そこにいたのは一人の女性。年齢は僕と同じくらいでしょうか。腰のあたりまである長い桃色の髪。海を思わせる瑠璃色の瞳。身にまとうのは灰色のローブと灰色の三角帽子。女性は、顔をゆがめながら「いてててて」と腰をさすっていました。


 そんな彼女のすぐ傍には、一本のほうき。詳細はよく分かりませんが、おそらく誤ってほうきから落下してしまったのでしょう。


「あ」


「あ」


 不意に、こちらに顔を向ける女性。僕の視線と彼女の視線が交差します。訪れる沈黙。なんとも気まずい雰囲気。


「…………」


「…………」


 数秒後、女性は顔を赤らめつつ、誤魔化すようにこう叫びました。


「い、痛くありません!」


 おっと。変な人ですよ。


「なんか、変な子だね」


 口に出すのはやめましょう、師匠。


「あの、大丈夫ですか? 明らかに痛そうなんですが。今も腰さすってますよね」


「見間違いです。あなたの目がおかしいだけなんです」


「ええ……」


「私の体、そんなにやわじゃないですから。これまでの旅でかなり鍛えられてますし」


 そう言って、女性は立ち上がりました。


「あ。急に動かしたから腰が。や、やばい」


「やっぱり痛いんじゃないですか。強がり言わないでください」


「う」


「とりあえず、中に入って休みます?」


「……はい。お邪魔します」


 こうして僕たちは、彼女を家へ招き入れたのでした。




♦♦♦




「これ、どうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げ、ティーカップを受け取る女性。そのまま、中に入っている紅茶を勢いよく飲み干しました。おそらくよほど喉が渇いていたんでしょうね。


「ぷはー。生き返りました」


「腰の具合はどうですか?」


「まだ結構痛いですけど、さっき治癒魔法をかけたので問題ないです。もう少しすれば痛みも引いてくると思います」


 彼女は三角帽子を頭から外し、ふうっと一息。その特徴的な桃色の髪には癖一つありません。


「あの。さっき『これまでの旅でかなり鍛えられて』って言ってましたけど、もしかして旅人さんですか?」


 僕の質問に、彼女は特に迷うそぶりもなく頷きました。


「そうですね。私、十四歳の頃から旅をしてて。今年で二年目になります」


「ほえー。すごいですね」


「あはは。全然すごくないですよ。私なんてまだまだ未熟者です。今日だって、森の上を飛び回ってたら不注意で鳥にぶつかりそうになって。無理矢理方向を変えた拍子にほうきから落ちちゃったんですから。まあ、落ちる寸前に衝撃を和らげる魔法を使ったおかげで大怪我にはなりませんでしたけど」


「なるほど」


 話を聞く限り、どうやら旅人さんはかなり実力のある魔女のようですね。だって、ほうきから落ちるなんてパニックの中、冷静に魔法を放てるくらいなんですから。僕だったら、何もできずに地面に激突すること間違いなしです。


 僕も旅に出たら自然と力がつくのかな? ああ、でも。師匠を一人にしちゃうと家の中が大変なことになるのは間違いないし。第一、師匠と離れ離れになるのはちょっと……。


「ねえ」


 不意に、これまで黙って紅茶を飲んでいた師匠が口を開きました。


「はい。何でしょうか?」


「『森の上を飛び回って』ってどういうこと?」


 瞬間、ハッとする僕。どうして気づかなかったのでしょう。普段、森の上をほうきに乗って通過する人はいますが、飛び回る人は見たことがありません。


 もしそんな人がいたとするならば。


 何かを探していた、ということになりませんか?


 師匠の質問に、旅人さんはスッと居住まいを正しました。そして、真剣な表情で師匠を見つめます。


「鋭いですね。さすがは森の魔女さんです」


 彼女が口にしたのは師匠の二つ名。誰がつけたとも知らない、師匠を表する言葉。


「私、あなたにお願いしたいことがあって、住んでる所を探してたんです。この森、かなり広くて探すのに苦労しました」


「お、お願い?」


 顔を引きつらせる師匠。理由は何となく想像がつきます。今日の仕事は、午前中に終わらせた一件だけのはずでした。その後のダラダラタイム中に、まさか仕事の依頼を持ち込まれるなんて想定外だったんでしょうね。


 といいますか、旅をしている人からの依頼って初めてです。難しい内容じゃなかったらいいんですけど。


 旅人さんは、ゆっくりと深呼吸をし、師匠に向かってこう言いました。


「私と、勝負してください!」


「…………」


「…………」


「私と、勝負してください!」


 やっぱり、変な人のようですね。

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