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第21話 だからあ!

「ふえ!?」


 聞いたこともない可愛らしい声。頬に差していた薄い朱色が、瞬く間に色濃くなっていきます。まるで熟したトマトのよう。


「で、ででで弟子ちゃん!? そ、そそそそれって、ど、どどどどういう意味!?」


「え? 郵便屋さんは僕にとって大切って意味ですけど」


「ふひゃ!?」


 再び発される可愛らしい声。いや、もう鳴き声と表した方がいいかもしれません。


「郵便屋さん?」


 僕、何か変なこと言いましたかね?


「大切……たい、せつ……う、ううう」


「?」


「ううううううう……………………はああああ」


 突然、郵便屋さんは大きな大きなため息を吐き出しました。顔を窓に向け、「きっと勘違いだ」とポツリ。


「勘違い?」


「どうせあれだよね。私がいないと魔女ちゃんに仕事の依頼が届かないから『大切な人』ってことでしょ」


「いや、それもありますけど。やっぱり一番は、師匠以外で気軽に話せる人だからですね。師匠に告白するつもりがあるなんて、他の人には絶対言えませんし」


「……ほら。やっぱり」


 顔を僕の方に戻す郵便屋さん。頬の朱色はいつの間にかなくなり、苦笑いを浮かべていました。


「弟子ちゃんさ。あんまり人を勘違いさせるようなこと言っちゃだめだよ」


「別にそういうつもりはないんですけど。といいますか、郵便屋さんが僕にとって大切な人だっていうのは本当のことですよ」


「う! だ、だから! だからあ!」


 郵便屋さんの顔はまた窓の方へ。もう何が何やら。


「ただいまー。もぐもぐ」


 首をかしげる僕の背後から、聞き慣れた声が聞こえました。振り向くと、パンにかぶりついている師匠の姿が。郵便屋さんが目を覚ます数十分前。師匠は、お腹がすいたからということで買い物に出かけていたのです。


「おかえりなさい、師匠。食べ歩きは行儀が悪いですよ」


「だってー。我慢できなかったんだもん」


「もう。そこに椅子あるので座って食べてください」


「はーい。ところで弟子君。あれ何?」


「あれ?」


 ベッドの方を指差す師匠。


「もう。ほんっとうに弟子ちゃんは。勘違いだって分かってるのに期待しちゃうじゃんか。もう。もう。もう」


 怒っているかのような郵便屋さんの独り言。ですがどうしてでしょう。怒りとはまた違った感情があるような気がしてしまうのは。


「弟子君。あの子に何かしたの?」


「いや。心当たりがないんですが」


「…………」


「う、嘘ついてないですよ」


 あれ? 疑われてる?


 郵便屋さんの独り言と師匠からの疑いの視線。この奇妙な状況はしばらくの間続いたのでした。




♦♦♦




 数日後。


 コンコン。コンコン。


 家で昼食を食べていた僕と師匠。そこに、突然鳴った扉のノック音。


「はーい」


 僕は扉に近づき、ゆっくりと開きます。ギギギという鈍い音。室内に流れ込むさわやかな風。木々の優しい香り。


 扉の先には一人の女性。青色の三角帽子。軍服風のワンピース。整えられた綺麗な短い黒髪。


「や、先日はありがとね」


 笑顔の郵便屋さんがそこにいました。


「郵便屋さん!? もう大丈夫なんですか?」


「うん。すっかり元気になった」


「無理しちゃだめですよ」


「分かってるって。今日はお休みで、明日から仕事に復帰する予定だよ」


 そう言いながら、郵便屋さんは僕の後ろに向かって小さく手を振ります。


 何をしているのだろうと不思議に思い、後ろを振り返る僕。視線の先には、椅子に座ったまま素っ気なく手を振る師匠の姿。


 笑顔の郵便屋さん。素っ気ない師匠。二人の間に言葉はありません。ですが、どうしてでしょうか。二人が会話をしているように思えてしまうのは。


「そういえば、社長への直談判ってどうなったんですか? 僕も参加しようとしたんですけど、会社の人たちに『これはうちの問題だから』って断られちゃって」


「……本当に参加するつもりだったんだ」


 ちなみにその時。後輩さんから「彼氏さんは、今後先輩が無理しないようしっかり見張っておくっすよ」と言われたことは秘密です。仰々しく見張るなんてことはしませんが、気にかけるくらいはしないとですね。


「コホン。あんまり詳しいことは言えないけど、結局、社長は降格になったよ。かなり無理難題命令する人だったからね。ボクの件も含めていろいろ責められてたよ。こっちが同情するレベルで。一昨日からは新しい社長が指揮取ってる」


「今後は休みしっかりとれます?」


「うん。早急に人も増やすそうだし、その点は問題ないかな。おっと、忘れないうちに。これ、今回のお詫びとお礼ね」


 郵便屋さんは、手に持っていた白い箱を僕に手渡します。箱の上部には、町で有名なケーキ屋さんのシールが貼られていました。


「わざわざありがとうございます。ここのケーキ、すごくおいしいですよね」


「うんうん。ボクもここのケーキ好きなんだ」


 ん? ケーキ? なんか忘れてることがあるような……まあいっか。


「そうだ。せっかくですから郵便屋さんも一緒に中で」「あー!」


 突如、背後から聞こえた叫び声。


「ど、どうしたんですか? 師匠」


「私、ケーキ貰ってない!」


「へ?」


「ほら。この前約束したよね! 仕事を手伝ったらケーキ買ってくれるって!」


 ……あ。


 そういえば、そんな約束もありましたね。あの時は、郵便屋さんが倒れてバタバタしていたのでうやむやになってしまいましたが。


「えっと、今日は郵便屋さんがくれたケーキもありますし。また後日ってことで」


「だめ! それとは別にほしい! 今すぐほしい!」


「ええ……」


 どうやら、師匠のわがままモードが発動してしまったようです。僕の脳内ブザーが、とても大きな音を響かせて警告します。これから面倒な展開になりますよ、と。


「なんなら、買ってくるんじゃなくて作ってくれてもいいよ。いや、むしろそれがいいかも。弟子君が作るケーキ、すごくおいしいし」


「ちょ、わがまま言わないでください。急にそんなこと言われましても」


「ボクも、弟子ちゃんの作ったケーキ食べたいなー」


「郵便屋さんまで!?」


 いやはや。今日は忙しくなりそうです。

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