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第19話 何やってんの?

 このままでは、郵便屋さんがほうきから落ちてしまう。直感的にそう感じた僕は、彼女に向かって手を伸ばします。


「郵便屋さん!」


 ですが、全ては手遅れでした。


 僕の手は、上空の冷たい空気だけを掴んだのです。


 叫び声もなく落下する彼女。ゆっくりと。ただひたすらにゆっくりと。彼女と地面との距離が近づいていきます。まるで僕自身の意識が研ぎ澄まされているような不思議な感覚。


 このままじゃ!


 このままじゃ、郵便屋さんが!


「今行きます!」


 荒れ狂う思考の中、慌ててほうきに魔力を込める僕。


 急降下するほうき。


 だめ。遠すぎる。


 先ほどのゆっくりした動きが嘘だったかのように、郵便屋さんの体がものすごいスピードで落下していきます。


 間に合わない。


 間に合わない?


 ……いやだ。


 いやだ!


 いやだ!


 いやだ!


 いやだ!


 いやだ!!


「誰か助けて!」







「何やってんの?」







「…………え?」


 理解ができませんでした。


 今まさに地面にぶつかろうとしていた郵便屋さんの体が、その場で静止しているのです。


「何が……起きて……」


「おーい。こっちこっち」


 上空から聞こえた声に顔を上げます。そこにいたのは、ほうきに乗った師匠。彼女の手には、先端から青白い光を放つ杖が握られていました。


「し、しょう?」


「配達終わって戻ってたら、偶然二人が見えて。なんか、あの子が危なそうだったから魔法で動きを止めたけど。とりあえず、間に合ってよかったよ」


 そう言いながら、師匠は杖を下に向けました。それに反応するように、郵便屋さんの体はゆっくりと地面へ。


「郵便屋さん!」


 降り立つ僕。ほうきを放り投げて郵便屋さんの元へ急ぎます。


「大丈夫ですか!?」


「はあ……はあ……はあ」


 意識を失っているのか、郵便屋さんは何も反応してくれません。彼女の手足はダラリと力なく投げ出され、荒い呼吸を繰り返しています。頬はほんのり赤みがかっており、熱があるのだとすぐに分かりました。


 まさか、町で流行ってるっていう厄介な風邪? でも、いきなり意識を失うなんてありえないし。もしかして、風邪以外の何か?


「弟子君、どう?」


 後から降りてきた師匠が、僕にそう尋ねます。


「わ、分かりません。一体何が起こってるのかさっぱりで。あ。し、師匠。さっきはありがとうございました。僕じゃどうにもならなくて」


「お礼とかいいから。とりあえず、今できることをしようか。弟子君は、会社に戻ってこのことを報告してきて。私は、すぐにこの子を病院に連れて行こうと思う」


 早口で告げる師匠。郵便屋さんを見つめる表情はとても険しく、まるで怒っているかのようでした。




♦♦♦




 それから約一時間後。病院の一室。


「し、師匠。コヒュー。コヒュー。ゲホッ」


「弟子君、今にも死にそうになってるよ。どれだけ全速力で来たの」


 部屋に入ってきた僕を迎えたのは、呆れ顔を浮かべる師匠でした。彼女の傍には大きなベッドがあり、寝かされた郵便屋さんの横顔が見えます。


「ぼ、僕のことは、ゲホッ、い、いいんです。ゆ、郵便屋さんは?」


「ん」


 短く返事をして、師匠は僕を手招きします。ベッドの傍に近寄ると、郵便屋さんの穏やかな寝顔が目に映りました。一時間前にしていた荒い呼吸は、今はもうありません。


「医者が言うには、とりあえず寝てればよくなるってさ」


「そ、そうなんですね。けど、郵便屋さんはどうして急に」


 蘇るおぞましい記憶。叫び声もなく落下していく郵便屋さん。空を切る僕の手。


 師匠が偶然戻ってきてたからよかったけど、もしそうじゃなかったら……。


 グチャリ。


 あったかもしれない未来の光景を想像してしまい、胃液が逆流するような感覚に襲われました。


「これ、見て」


 師匠が杖を取り出し、郵便屋さんに向けます。青白く光る杖の先端。現れる魔法陣。それは、いつかの水質調査で見たのと同じ。対象にかけられている魔法が、どんな構造でできているかを表したものです。


「この子が急に意識を失ったのはね、自分にかけてた『疲労抑制の魔法』の効果が切れたからだと思う」


「え?」


 疲労抑制の魔法。魔法をかけられた者は、いかに疲労し体が動かない状態であったとしても、それを忘れて活動することができます。また、体に感じる痛みやその他の苦しみも軽減してくれるのです。とても便利、かつ覚えるのも簡単。魔法使いとして未熟な僕でも、少しの特訓ですぐに使えるようになりました。


 ですが、この魔法にはデメリットも存在します。それは、疲労を回復するわけではないということ。一定の時間が過ぎると、溜まっていた疲労や痛み、苦しみが一気に押し寄せてくるのです。


「で、でも、魔法の効果が切れただけで意識を失うなんてあります? 普通なら、酷い頭痛に襲われるとか、体がとてつもなく重くなるとかですよね。まあ、僕はそれが嫌だから魔法を使うのは避けてますけど」


「一回だけなら、そうかもね」


 師匠が放った一言。それが何を意味しているのか、僕にはすぐに分かりました。


「師匠」


「何?」


「この魔法、一日二回以上かけると、効果が切れた時に危険って聞いたことあります」


「そうだよ」


「……郵便屋さんの体、何回、魔法がかかってるんですか?」


 師匠は、魔法陣をじっと見つめます。そして数秒の沈黙の後、こう告げました。


「今日だけで四回」


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