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第1話 朝ご飯まだー?

「弟子くーん。朝ご飯まだー?」


 背後から聞こえる女性の声。声音は大人ですが、言っていることは子供のよう。


 僕は、鍋をかき混ぜながら顔を後ろに向けました。食事用の四角いテーブル。テーブルの周囲に置かれた四つの椅子。そして、そのうちの一つに座る女性の姿。


 胸のあたりまである長い白銀色の髪。ルビーのように綺麗な赤い瞳。真っ黒なローブを身にまとった彼女は、どこか苦しそうな表情を浮かべています。


 そんな彼女の正体。魔法という特別な力を操り、人々を魅了する女性。いわゆる魔女と呼ばれる存在です。


「待ってくださいね、師匠。もう少しでできますから」


 あと、僕の師匠でもあります。


「ううう、早くして。お腹がすいて死にそうなんだよ」


「ちょっとくらい我慢してください。第一、昨日の晩御飯前にお菓子を盗み食いしようとした師匠が悪いんですよ」


「ううううう。ごめんなさい」


 ご飯の前にお菓子を食べない。もし破ったらご飯抜き。二人の間に交わされた大切な約束を、昨日師匠は破ってしまったのです。本人曰く、「そこにお菓子があったから」とのこと。全く意味が分かりません。


「そもそも、晩御飯の前にお菓子を食べたからご飯抜きなんて厳しすぎるよ。弟子君のケチ」


「ナニカイイマシタ?」


「い、いえ、何も言ってないでございます!」


 ビシッと僕に向かって敬礼をする師匠。


「はあ。師匠はもう二十歳を超えてるんですよ。それなのに、十六歳の僕がいないと、不健康な行動ばかり。もっとしっかりしてください」


 そう言って、僕は顔を鍋の方に戻しました。僕の背後からは、「むう……」という師匠の不貞腐れたような声が聞こえます。反省していないことは明白でした。


 まったく。僕がいなくなったら、一体師匠はどうなってしまうのやら。心配で仕方がありません。


 鍋の中では、美味しそうなシチューがコトコトと優しい音を響かせています。お玉で鍋をかき混ぜる度に、シチューの甘い香りが鼻を抜けていきます。いい具合にとろみも付いてきたようです。


 よし、そろそろいいかな。


 火を止め、僕はあらかじめ用意しておいた木製のお皿にシチューをよそいます。そして、パンの入った籠とともにテーブルの上へ。


 その瞬間、師匠の目がキラリと光りました。


「キター!」


 スプーンを手に取り、シチューを勢いよく口の中へ流し込む師匠。出来立てだったのでかなり熱いはずなのですが。


「熱い! でもおいしい!」


「もう。料理は逃げたりしないんですから、ゆっくり食べてください」


「はーい。うまうま」


 僕の言うことも聞かず、がっつくように食事をする師匠。先ほどの返事の意味とは?


 小さくため息をつきながら、僕は師匠の向かい側の椅子に座りました。そして、スプーンを手に取ろうとしたところで。


「ねえ。弟子君」


 突然、師匠に声をかけられました。


「なんですか?」


「あのさ」


「?」


「いつも、ありがとね」


 ニコリと笑う師匠。ほんのり上がった口角と頬に浮かぶえくぼ。柔らかく緩んだ目尻。とても無防備な子供っぽい笑顔。気のせいでしょうか。師匠の背後から、キラキラと光が漏れだしているように見えました。


「……別にお礼を言われるほどじゃないですよ」


 ああ、もう。師匠は本当にずるいです。


 もしかして分かってやってます? 僕がその表情に弱いって。


「紅茶準備するの忘れてました」


 椅子から立ち上がり、キッチンへ逃亡。頬にほんのり感じる熱さは、きっとシチューの湯気が原因に違いありません。




♦♦♦




 紅茶を少しだけティーカップに注ぎ、上からミルクをタラーーーーー。角砂糖をポチャ、ポチャ、ポチャ。


 完成、師匠オリジナルブレンド。


「ふんふんふーん」


 自分用に作ったストレートティーと師匠オリジナルブレンドを持ってテーブルに戻ると、師匠がシチューにパンを浸しながら鼻歌を歌っていました。


「うーん。最高」


 パンを口に入れ、目を細める師匠。


「それはよかったです。あ。ところで師匠」


「ん?」


「今日は仕事に行きましょうね」


 紅茶を差し出しながら、僕はそう切り出しました。


「…………」


「師匠?」


 はて、どうしたのでしょう。師匠が固まっちゃいましたよ。


「おーい。師匠ー」


「……ん、んん。いやー。弟子君のシチューはやっぱりおいしいねー」


「ああ、どうも。それで、仕事についてなんですが」


「今日はいい天気だね。お散歩日和だ」


 窓の外に視線をやりながらそう告げる師匠。


 何となく察しました。


「今日の仕事は」


「あ。でも、あえて二度寝をするのもいいなあ」


「…………」


「…………」


「仕事に行きますよ」


「やだ!」


 叫びながら、師匠はバンッと両手でテーブルを叩きます。ですが、相当勢いよく叩いたせいでしょう。次の瞬間には両手をテーブルから離し、痛そうにヒラヒラと振り始めました。


「どうしてですか!?」


「今日はダラダラするって決めてたから!」


「ええ……」


 師匠と出会って、呆れるということを何度経験してきたでしょうか。軽く百は超えているように思います。


「もう! そう言っていつも仕事さぼるじゃないですか! 今日こそ行きますよ!」


「やーだー」


「昨日の夜、先方から催促の手紙も来てるんです」


「それでもやだ」


 顔を膨らませてプイッと横を向いてしまう師匠。なかなか折れてくれそうにありません。


 はあ。仕方ないですね。本当はこういう説得の仕方したくないんですけど。


「師匠」


 口に手を添え、そっと一言。


「今回は、かなりの報酬が出るかもですよ」


「よしやろう!」


 ふっ、ちょろいですね。


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